福岡県生まれ。高校3年生からカリフォルニアに留学。大学卒業後は広告代理店でCMプロデューサーとして活躍後、料理研究家となる。またデンマーク親善大使に選ばれるなど北欧インテリアに造詣が深く、インテリアコーディネーターやリフォームプランナーとして、多数の家づくりに携わる。料理レシピ本のほか、インテリア本、英語スピーキング教材など著書は50冊以上。2023年、東京国立博物館のアンバサダーに就任。館内のレストラン・カフェ「ゆりの木」の照明ディレクションのサポートを務める。最新刊は『人生を変えるリノベーション』(講談社)。
こんにちは、行正り香です。
この連載ではこれまで、心地よい住まいをつくるために大切なこととして、「自分の『好き』を見つめ直す」「照明器具を替える」「一枚の絵を飾ってみる」「床、壁など大きな面積を占めるものから色を決めたら、差し色を配置する」といったポイントをご紹介しました。
今回は「どういう家に住むか」とは「どんな風に生きていきたいか」である、ということをお話をししたいと思います。
◆小物ひとつひとつが持ち主の人生を映し出す。だから美しい思い出がある物だけを残す
家というものは、その人のプロフィールのようなものです。
皆さんも知り合いの家に遊びに行くと、その人の「好きなもの」がわかった経験はありませんか?
その人の美意識はもちろん、音楽を聴く時間を大事にしている人なのか、本を大切にする人なのか、または料理が好きで食にこだわりがある人なのかといったことが見えてきた…なんてことがあるのでは。
暮らしている人が意識していようとそうでなかろうと、住まいには自然とそういったものが表れてきます。
住まいって、「This is who I am.」に近いもの。
まさにその人を表しているのです。
一時期、できるだけ物を減らしてすっきり暮らすことが流行りましたが、物を捨てるだけではできないことがあります。
それは、自分の「好き」を表現することなんです。
私の自宅にある物たちも、それぞれが私の人生の一部であり大切な思い出です。
「これは初めてパリへ旅行したときに買った」
「とてもかわいがってくれたおばあちゃんが買ってくれた」
「初めてお店をプロデュースしたときにいただいた」
そんな思い出がある物を普段から目にするところに置いてみたり、時々手にとってみると自分の人生を振り返ることができるのです。
〔上の写真:高校生のときに、大好きだった祖母が買ってくれたという大切なグラスは、食器棚を開けたとき、目に入る位置に〕
思えば、私たちは子育てにしろ、仕事にしろ、生き方にしろ、前ばかりを見てきたような気がしませんか?
でも50歳を過ぎたらそろそろ後ろ(過去)を振り返りながら、そして過去を味わいながら生きていってもいいのではと思います。
だから美しい思い出がある物は手元に残していく、ということも必要なのでは。
私には忘れられない家があります。
その家に出会ったのは、学生時代です。
アメリカのサンフランシスコ郊外のバークレーという街に留学しているとき、ノブ・ヒル(※)というエリアに住んでいる方のお宅に遊びに行かせていただく機会が何度もありました。
※高級ホテルや歴史的な邸宅があるエリア。アメリカ国内でも屈指の高級住宅地
皆さん、川に面するアパートメントでものすごくおしゃれに暮らしていました。
すばらしい眺望を眺めながらワインを飲んだり、ジャズを聴いたり…生活を楽しむとはどういうことなのか、彼らの生活を通して知ったのです。
まだ学生でしたが「こういう家に暮らしたい、そしてこういうふうな生活を送れたらいいな」という、理想の暮らし方に出会ったのです。
それから年月はたちましたが、その思いは変わることはなく、今暮らしている家に出会えたのも長年持ち続けてきたこの理想のおかげです。
また、私はもともと食器ブランドのロイヤル コペンハーゲンが好きで、そこから北欧家具、北欧の照明器具、北欧の建築と関心が北欧のさまざまなものへ広がっていきました。
それらが蓄積され、今の住まいのベースとなっています。
〔上の写真:取材チームに行正さんが淹れてくれた紅茶。お気に入りのロイヤル コペンハーゲンのカップに合わせたのは、日本の根来塗の茶托。北欧と和の見事な組み合わせ〕
皆さんも、思い出が詰まった物や「こんな所(家)に住めたらいいな」と憧れた場所がひとつはあると思います。
そんな物や場所を思い出し、今の生活にひもづけ、取り入れてみてはいかがでしょうか。
そうしているうちに自分らしい空間とはどんなものなのかが見えてきて、残すべき物が何なのかがわかってくるかもしれません。
◆空間の雰囲気を壊すテレビやエアコンなどは、目立たせない工夫を
そしてリフォームや模様替えをしていくときに大切なのが、何を目立たせ、何を目に入りにくくするかということです。
目立たせたくないもののひとつが家電です。
私にとってテレビ、冷蔵庫、エアコンは自分の空間に対する美意識やこうありたいという世界観を妨げるものになってしまうので、どうしたらそれが目立たないようにできるかという観点でレイアウトを考えました。
特にテレビはリビングに入るとすぐ目に入るところに置きがちですよね。
でも、そうするとリビングは「テレビの部屋」になってしまう。
どんなにインテリアに工夫を凝らしたとしても、テレビのあの真っ黒い画面が部屋の印象を支配してしまうんです。
そのため、我が家では持ち運べる小型のテレビを扉の中に収納し、必要なときに出して使っています。
映画など大きな画面で楽しみたいものを観るときはプロジェクターを使いますが、これはすごくいいですよ。
窓のロールスクリーンを下げてスクリーン代わりにしていますが、昼でもちゃんと観えますし、なんといってもうちのプロジェクターはテレビより音質がすごくいいんです。
音響システムがハーマンカーマンの製品なので、まるで映画館にいるみたいな感覚に。
プロジェクターは小型の物もあるので、狭い家ほどおすすめです。
そしてテレビをなくすとテレビボードのようなテレビを置くための家具や場所が不要になるので、その分空間に余裕が生まれます。
もし「やっぱり大きなテレビは必要」という場合は、部屋に入ってすぐ目につく位置ではなく、部屋の死角などできるだけ目立たない場所に置いてみるだけでもテレビの存在感がぐんと抑えられます。
同じようにエアコンも、部屋の隅など目立たない場所に設置することで、できるだけ存在感をなくしています。
私はジャズが好きなので、音にこだわって大きなスピーカーを置いていますが、こちらはスピーカーのコードが目立たないようにカーペットの下を通すほか、壁のコンセントが目立たないようにオブジェやグリーンでカバーしたりしています。
あとは電子レンジも棚の中にコンセントを設置してもらい、扉を閉めたら目に入らなくなるようにしています。
冷蔵庫は大きいので置き場所を工夫するといっても限界があるため、前回お話ししたように壁と同じ色に塗ってもらい、周囲になじむようにしました。
このように、ひとつひとつ存在感が出ないよう工夫しています。
◆天井に曲線を取り入れる、柱を丸くするなど「脱無難」で空間に個性を持たせる
自分らしい空間をつくり上げるために選りすぐった好みの家具を置き、家電の存在感をなくすほかに心がけていることはまだあります。
それは無難にしすぎないということ。
例えば部屋を見渡すと、部屋って床、天井、柱といった縦横の直線でできていることが多いですよね。
そこに丸みのあるものを取り入れるだけで、やわらかい雰囲気になり、空間に個性が出てきます。
〔上の写真:日本のマンションでよく見る天井の大きな梁は端をアーチ形に。部屋の印象がやわらかくなるうえ、梁が空間のアクセントにもなる〕
また、我が家には円柱が2本ありますが、これはもともとは配管。
普通リフォームする際、配管は隠すと思いますが、あえて隠さずに保護材で囲って円柱にして見せるという方法にしました。このように円柱にしたことで、空間の印象は大きく変わったのです。
もちろんこれは我が家の場合です。
建物によって構造が違うので、リフォームのときにできることは家それぞれ違ってきます。
ですから「私の家ならどんなことができるかな」と一度じっくり探してみるのもいいかもしれません。
◆フローリングよりカーペットがおすすめ。なぜかというと
あとは年齢を重ねたときの住まいにおすすめなのは、フローリングよりカーペット。
滑りにくいので転倒の危険が減るし、弾力があるので、万が一転倒したときにケガのリスクが減ります。
それに、裸足で歩いたときの優しい感触…。
私はカーペットの上でそのままヨガをしたり、思い切り寝っ転がったりといろいろなことをしています。
この心地よさに慣れたら、もうフローリングには戻れません。
カーペットは汚れが気になる、掃除の手間がかかるという方もいるかもしれませんが、皆さんが思っているほど手入れは大変ではないですよ。
私はかなりの量の赤ワインをこぼしてしまったことがありますが、拭けばきれいになります。
フローリングをカーペットに替えられないお宅の場合は、ラグを敷くだけでも足の快適さが格段に上がります。
〔上の写真:リビングとガラスブロックで仕切られたライブラリー。「この部屋は窓がひとつしかなく、暗くなりがちだったのですが、壁をガラスブロックにしたことでリビングの光を生かせ、明るくなりました」。また、窓の左横にある柱には鏡を貼り、部屋に広がりを生む工夫が。「大がかりなリフォームをしなくても、こうして鏡をつけるだけでも部屋の印象は変わりますよ」。下の写真:棚に本を並べるときもひと工夫。「ごちゃごちゃとした印象にならないよう、背表紙の色をそろえて並べます。そしてこまめに並べ方を見直し、不要になった本は抜いたりしています」〕
残しておきたい物は何か、そして何よりも「こんな所に住めたらいいな」とかつて憧れた場所や家を思い出し、どうしたらそれを今の暮らしに取り入れられるのか考えてみませんか。
〝人生の後半戦を自分が心地よく暮らせる家〟へと、一歩ずつ近づいていくはずです。
取材・文/倉澤真由美 撮影/本多佳子
★心地よい住まいづくりのヒントがたくさん!