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「何者でもなかった」若き日の感覚こそが

茂木健一郎

茂木健一郎

1962年生まれ。脳科学者、作家、ブロードキャスター。 「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。 『脳とクオリア』『生きて死ぬ私』『脳と仮想』『プロセス・アイ』『今、ここからすべての場所へ』『東京藝大物語』など著書多数。 ツイッター@kenichiromogi 、オフィシャルブログも精力的に更新中。

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余計なものを心身から取り除く引き算は、生命の「根っこ」からの活性化につながる。

 

引き算をすることで、生命力が十分に発揮されるための「空き地」をつくることができるのである。

 

考えてみれば、若さとは、命の空き地がたくさんあることである。青春時代には、人生がずっと続くような錯覚を覚えることがある。それはつまり、これから活動して、さまざまなことを経験し、自分が変わって成長していく、可能性のことである。

 

これから、どんなことでも可能になる。自分は、誰にでもなれる。そんな余地=「空き地」こそが、若さの本質なのである。

 

そして、そのような「空き地」の感覚は、必ず顔の表情に顕れる。私たちは、お互いの顔を見ながら、相手の「空き地」がどれくらいあるかを感じ取っているのである。

 

若さとは、だから、「何も持っていないこと」でもある。

 

人は、何かを持っていることをつい重視しがちだけれども、本当は何も持っていないことこそが贅沢なのだ。

 

若い脳二回

画:茂木健一郎

 

 

年を重ねた場合には、なおさらである。

 

それなりに人生を積み重ねてくると、自分の中にさまざまなものがつもり重なってくる。それこそが、人生の宝物だという言い方もできるけれども、逆に言えば、自分の中に余計なものをたくさん抱え込んでしまっているということでもある。

 

人は、みな、何者かになろうとして努力する。若い時は、何者でもないから、その所在なさが耐えられなくて、不安になったり、戸惑いを感じたりする。

 

しかし、本当は、その不安や戸惑い、頼りなさこそが若さの象徴なのだ。むしろ、自分の中にさまざまなことが重なって、「もうこれで安心」などと思うようになってしまったら、かえって若さを失う危機だと警戒しなければならない。

ある天才クリエーターにこんな話をうかがったことがある。

 

彼女は彗星のようにデビューした。最初から、その作品がヒットして、世間で高く評価された。

 

その後も、彼女はキャリアを積み重ね、どんどん進化した。新しい世界を作り出し、決して立ち止まることなく、創造の宇宙を広げ続けた。

 

新しい仕掛けも次々と試み、名声を確立し、誰もが知り、尊敬する存在となった。

 

そんな彼女でも、クリエーターとして、デビュー時の清新さを失わないように心がけていると言う。今や押しも押されぬ「何者か」になってしまった彼女は、「何者でもなかった」若き日の感覚を大切にしているのだ。

 

人は、何者かになってしまった時が危ない。若さを失うことになりかねない。いつまでも、何者でもなかった時の気持ちを忘れない人だけが、永遠の若さを保つことができる。

 

その天才クリエーターは、そんな人生の事情を知っている。だからこそ、新鮮な作品を生み続けることができる。いつまでも若さを保つことができる。

 

 

 

そのクリエーターの名は「ユーミン」。

 

松任谷由実さんにとっては、自分が若い頃、「荒井由実」だった頃の気分を、ずっと忘れないことが大切なのだ。

 

松任谷由実さんにとっての最大のライバルは、「荒井由実」。

 

あなたもそうではないですか?

 

あなたにとっての最大のライバルは、まだ世間に出てもいず、何者でもなかった頃の、不安で、頼りなく、惑っていた頃の「あなた」なのではないでしょうか。

 

 

だからこそ、うまく「引き算」することが大切なのです。

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