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乳がんか卵巣がんの人が血縁者にいたら「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)」について知っておくべき!

増田美加さん

増田美加さん

1962年生まれ。女性医療ジャーナリスト。約35年にわたり女性の医療、ヘルスケアを取材。自身が乳がんに罹患してからは、がん啓発活動を積極的に行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』ほか。NPO法人日本医学ジャーナリスト協会会員

ゲノム研究の進歩により、遺伝性のがんについてさまざまなことがわかってきています。なかでも「遺伝性乳がん卵巣がん」は、検査も治療法もかなり確立してきています。更年期世代にとって他人事ではない乳がん。血縁者にいる場合は、どうしたらいいか? 遺伝学的検査はどのように受けられるのか? 二人の専門家に詳しく聞きました。

乳がん患者全体の5%を占める「遺伝性乳がん」

 

遺伝子の研究が進み、今、遺伝性のがんについていろいろなことが明らかになっています。特定の遺伝子に、生まれつき変化を持っていることによって発症するがんの総称を「遺伝性のがん」といいます。

 

遺伝性乳がん卵巣がん(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)は、遺伝性のがんの種類のひとつです。HBOCは、遺伝学的検査でBRCA1、あるいはBRCA2という遺伝子に変化(専門用語では病的バリアントといいます)を持っていることがわかると、診断できます。現在、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんなどのがん発症リスクが高いこともわかっています。HBOCの場合、70歳までに50%前後の確率で乳がんを発症すると言われています*。

* 一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)をご理解いただくために ver.2023_1」

 

BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子はそれぞれふたつ1組で存在していて、父親と母親からひとつずつ子どもが受け継いでいます。父親と母親のどちらかが、がんとの関連が強い変化(病的バリアント)を持っている場合、その変化が子どもに受け継がれる確率は、性別に関係なく50%になります。

 

BRCA1、BRCA2の遺伝子に変化があっても必ずしもがんを発症するとは限りません。しかし、例えばBRCA1遺伝子に変化があると、70歳までに乳がんを発症する確率は約70%、卵巣がんでは約40%となります。一般の人たちでは卵巣がんの発症率は約2%なので、大きくがん発症リスクが高いことがわかります。日本人の乳がん患者全体の5%には、この遺伝子に変化があることがわかっています。

 

遺伝性乳がんは、発症する年齢が30代~40代前半と若いことも特徴です。トリプルネガティブ乳がん*や男性乳がん、卵巣がんを発症した人などは、BRCA1あるいはBRCA2遺伝子の変化を持っている可能性があります。また、男性も血縁者に乳がんの人が複数いる場合は、HBOCに注意が必要です。HBOCの特徴となるチェックリストがありますので、不安な方はチェックしてみてください。

* 乳がんのタイプのひとつで、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)により増殖する性質を持たないなどの特徴があります。3つの陰性(エストロゲン受容体陰性、プロゲステロン受容体陰性、HER2陰性)を指してトリプルネガティブと呼ばれます。

 

乳がんになって時間がたってもHBOCは検査できる!

 

乳がんや卵巣がんにすでにかかった経験があって、HBOCの可能性を疑う人はどうすればいいのでしょうか? 専門家である和泉美希子先生(昭和大学病院臨床遺伝医療センター 認定遺伝カウンセラー・同指導者)に聞きました。

 

「乳がんに過去罹患した人は、術後しばらく(数年)たってからでも、HBOCの診断を目的とする遺伝学的検査を検討できます。まずは主治医にご相談ください。乳がんを発症している女性では、45歳以下の発症など一定の条件に当てはまる場合、遺伝学的検査は保険適用となります*」

*保険適用の条件はこちら

 

費用は、3割負担の場合で約6万6000円。保険適用で行われた場合は高額療養費制度の対象になります。検査は採血で行われ、結果が出るまでに約2~3週間かかります。

乳がんになっていない自分が遺伝学的検査を受けられる?

 

例えば、血縁者に乳がんや卵巣がんの人(がん既発症)が複数いるけれども、HBOCの検査はしていないのでHBOCかどうかは不明。その場合、がんになっていない自分(がん未発症)がHBOCかどうかを調べることはできるのでしょうか?

自分はHBOCかも?と疑う女性

「まずは、がんを発症している血縁者に検査を受けていただくのが基本です。すでに乳がんか卵巣がんを発症している方であれば、一定の条件はありますが、保険適用で遺伝学的検査を受けられます。もし、がんを発症している血縁者が、検査の結果HBOCとわかったら、そこで初めてがん未発症の人にも遺伝学的検査を提案することが一般的です。

 

けれども、がん未発症の人は自由診療になりますので、医療機関によって異なりますが数万円かかります。下記のHBOCに関連する遺伝カウンセリングを行っている医療機関で相談されるのがよいと思います」(和泉先生)

 

一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)ウェブサイト「認定施設一覧」

HBOCと診断されたらどうする?

 

HBOCと診断された人は、がんの手術の方法や薬剤などの選択肢が、そうでない人と異なります。これは、HBOCを診断する大きなメリットです。また、すでに乳がんを発症していてHBOCと診断された人が、まだ発症していない卵巣と、発症していないもう片方の乳房への対策には、「リスク低減手術」と「サーベイランス(きめ細かく計画的に行う検査)」があります。

 

リスク低減手術は、がんを発症する前に予防的に乳房を切除、あるいは卵管・卵巣を摘出することです。これによって亡くなるリスクを下げることができます。女優のアンジェリーナ・ジョリーはこの手術を受け、乳房、卵巣を切除し、大きな話題となりました。

 

HBOCと診断され、すでにがんを発症している方に対するリスク低減手術は、2020年から保険適用になりました。費用は手術の種類や術式によって異なりますが、乳房切除の場合は15万~18万円(1~3割負担の場合)、卵管・卵巣摘出の場合は18万~24万円(1~3割負担の場合)が目安。いずれも高額療養費制度の対象です。

HBOCとわかっても、がんになる前は保険が使えない!

 

前回ご紹介したお二人のように、HBOCとわかっても乳がんも卵巣がんも発症していない人に対しては、サーベイランスもリスク低減手術も保険適用にはなっていません。すべて自費になります。ですから、お二人ともすぐにリスク低減手術をせずに、サーベイランスを継続して受けていました。

 

自費の費用は施設によってかなり差がありますが、サーベイランスの造影乳房MRIは、約3万~5万円。加えてマンモグラフィや超音波も自費の検査料金がかかります。

 

HBOCのサーベイランスとは、どのようなものなのでしょうか? 乳がん画像診断の第一人者の戸﨑光宏先生(相良病院放射線科主任部長、昭和大学医学部放射線医学講座客員教授)に聞きました。

 

サーベイランスとは、がんを早期発見するためにきめ細かく行う検査です。乳がんでは、造影乳房MRI検査が優れた検出力を持ちます。それにマンモグラフィを組み合わせた検査を定期的に行います。

 

アメリカをはじめ世界で多く使われているガイドラインでは『1年に1回の造影乳房MRIとマンモグラフィ』。欧州のガイドラインでは『半年ごとの造影乳房MRIと1年に1回のマンモフラフィ』を推奨する場合もあります。とにかく、リスクの高い乳がんを見つけるには、造影乳房MRIがファーストです。

造影乳房MRI

↑造影乳房MRI。乳がんの優れた検出力を持つ

 

HBOCでがん未発症の人の経済的負担は、とても大きくなります。そこで私たち専門家グループは、臨床試験などを行い、国に対して保険適用を認めてもらえるよう活動しています。保険適用になるまではと思い、私が理事長を務めるNPO法人乳がん画像診断ネットワークでは、HBOCでがん未発症の人に対して、保険適用と同等の費用で造影乳房MRIが受けられるように差額分を補助する事業をしています*」(戸﨑先生)

 

NPO法人乳がん画像診断ネットワーク「ハイリスク女性に対する造影乳房MRI検診サポート事業」

がんリスクが高い、他の遺伝性乳がんや高濃度乳房の検診はどうすればいい?

 

血縁者に乳がんや卵巣がんの人がいてHBOCの検査を受けたけれども陰性だった場合、また遺伝性だけでなく、高濃度乳房(デンスブレスト:マンモグラフィで乳腺密度が濃い人)などのように乳がんリスクが高い場合は、今後どのような乳がん検診を受けていけばいいのでしょうか。リスクが高くない人と同じ、2年に1回のマンモグラフィ検診で本当に大丈夫なのでしょうか?

 

「日本では海外にあるような乳がんのリスクモデルが作られていません。そのため、正式にはハイリスク、ミドルリスク、ローリスク(平均リスクとも言えます)と、分けることは困難です。

 

しかしながら、HBOCの人はハイリスク。乳がんを経験した人、血縁者に乳がんや卵巣がんの人がいてHBOCの遺伝学的検査を受けたけれども、陰性だった人(HBOC以外の遺伝性のがんの可能性がある)は、ミドルリスク。乳がんのリスク因子がまったくない方はローリスク(平均リスク)などと、大まかな分類は可能だと思います。おそらく高濃度乳房は、海外と同じように日本人でもミドルリスクに入ると考えています」(戸﨑先生)

 

ハイリスク、ミドルリスク、ローリスク(平均リスク)に当てはまる人は、それぞれどのような乳がん検診が妥当なのでしょうか?

 

「ハイリスクの人には、『1年に1回の造影乳房MRIとマンモグラフィ』に加えて『半年ごとの超音波検査』。特にリスクがないローリスク(平均リスク)の人は、これまで通り『2年に1回のマンモグラフィ』でもいいでしょう。しかし、マンモグラフィ検診だけでは日本人の乳がん死亡率が減らないのでは、と近年さかんに議論されています。個人的には『1年に1回のマンモグラフィと超音波検査』が安全だと考えています。

 

ミドルリスクの人は明確な基準がないですが、上記の中間になります。つまり、『造影乳房MRIを1年に1回、または2年に1回』『年1回のマンモグラフィと超音波検査』を加えて行うことが妥当だと私は考えています。

 

私の所属する相良グループのさがら病院宮崎では、乳がん術後の人には、造影乳房MRIは2年に1回、マンモグラフィと超音波検査は1年に1回です。また、私のハイリスク外来(銀座医院)では、ミドルリスクの人には造影乳房MRIは1年に1回、または2年に1回、マンモグラフィと超音波検査は1年に1回行っています」(戸﨑先生)

 

【リスク別検診(リスク層別化検診)の考え方の提案】(戸崎先生)

ハイリスク:
「1年に1回の乳房造影MRIとマンモグラフィ」+「半年ごとの超音波検査」

ミドルリスク:
「乳房造影MRIを1年に1回、または2年に1回」+「1年に1回のマンモグラフィと超音波検査」

ローリスク(平均リスク):
「1年に1回のマンモグラフィと超音波検査」

 

ゲノム研究や医療の進化で、HBOCの人、HBOCではないが血縁者に乳がんの人が複数いる人、高濃度乳房など、さまざまなリスクがわかってきました。平等という名のもと、皆が同じ検診を一律に受ける時代は終わり、多様性が求められる時代に。これからは、一人一人のリスクに応じた検診を選べる時代にならないと、公平な社会とは言えないのではないでしょうか?

 

イラスト/かくたりかこ

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