吐き気やしびれより脱毛がつらい!
乳がんは検診で早期発見されれば、治る時代に入ってきています。早期の乳がん治療は入院による治療よりも、通院しながらの治療期間が長くなっています。乳がんにかかりやすい年齢のピークは40代~60代、まさに働く世代。働きながら治療する人が増加しています。
早期乳がんの場合は、再発防止などのために約1/3の患者さんに抗がん剤治療が行われています。抗がん剤の副作用としては、吐き気や嘔吐、白血球減少などがあり、以前は入院して抗がん剤治療を行うことが多かったのですが、今はこれらの副作用はかなり改善されるようになりました。
「吐き気、嘔吐、白血球減少などの副作用がひどくて、抗がん剤を続けられないという方がいたら、それは医師や薬剤師の怠慢、と言っていい時代になりました。これらの副作用がつらくて抗がん剤を中止する患者さんは、かなり減ったはずです」と知人のがん専門薬剤師さんは話します。
抗がん剤の副作用で、今残された問題は、外見(アピアランス)です。働きながら通院で治療することが増えたからこそ、髪が抜けて薄毛になってしまうことは、大きくQOLを下げることにつながります。
医療者はこれまで、吐き気、手足のしびれ、全身の痛みなどが患者さんの苦痛の大多数だと思っていましたが、乳がんになった女性たちがいちばん苦痛を感じていたのは「外見の問題(乳房切除、髪の脱毛、眉の脱毛、まつ毛の脱毛など)」が60%と、圧倒的に高かったのです*1。
脱毛を抑える「頭皮冷却装置」って?
頭皮冷却装置とは、抗がん剤を投与するときに冷却装置とつながっているキャップをかぶることで、頭皮を冷却するものです。
乳がんの抗がん剤治療では、毛乳頭細胞などの細胞が影響を受けることで、毛髪が抜けてしまいます。そこで抗がん剤を投与するときに、頭部を冷却して毛根周囲の血管を収縮させることで、頭部への血液の循環を制限します。そうすることで結果的に、抗がん剤の循環を抑制して、脱毛を抑えようとするのが頭皮冷却の仕組みです。
患者さんの脱毛についての調査のひとつに、抗がん剤治療時には、すべての人で毛髪を含む体毛が脱毛し、95%の患者さんは、頭髪の8割以上が抜けているというデータがあります。
脱毛の影響をいちばん受けやすいのは、前頭部と頭頂部で、ウィッグや帽子などを利用することが一般的でした。加えて、治療後2年以上たっても、頭髪が元のようには回復せず、引き続きウィッグなどを利用しなければならない人(頭髪の5割未満の回復に留まる人)が15%もいるという数字もありました*2。
以前あったのは、冷蔵庫などで保冷機能を備えるキャップを冷やして頭にかぶり、キャップが温まったら、また冷蔵庫で冷やすといったものなどで、効果はあまり得られていませんでした。
頭部冷却装置が最初に登場したのは、2017年頃。スウェーデンとイギリスの会社が製造し、大きな話題になりました。そして、2020年には日本人の頭の形に合わせた日本製の頭部冷却装置が登場しています。
抗がん剤の点滴をしながら冷却します
病院で抗がん剤を点滴するときに、冷却装置とつながっているキャップを着用します。
シリコンキャップ内を巡る冷却液が頭部を冷やすことで、血管を収縮させ、頭皮の血液の流れを抑制します。
↑冷却装置1台で同時に二人が治療できます。抗がん剤投与を行う前30分、投与中と投与後90分間連続して冷却します。国産初の頭皮冷却装置「セルガード」(リーブ21)
↑このシリコンキャップには流路が形成されていて、本体から+1~10℃に冷却した液体(プロピレングリコール)を流すことで頭皮を冷却します。
このシリコンキャップの内側には、不織布のインナーキャップを着用。シリコンキャップの上には、さらに密着を保持するためのネオプレイン製アウターキャップを着用。つまり3つのキャップを着用します
費用は、自由診療のため医療機関によって異なります。自分用の不織布のインナーキャップを初回のみ約95,000円で購入することが必要です。毎回の「頭皮冷却装置」治療費用(治療1回につき)は、約15,000円です。
気になる脱毛抑制効果はどの程度?
どのくらい脱毛を防げるか、気になる脱毛抑制効果ですが、医療機関の現状のデータでは、まったく脱毛しなくなるわけではないという評価です。
ある乳腺クリニックでの29症例のうち、脱毛なしが6例、25%までの少しの脱毛(ウィッグ不要)が14例、25〜50%の軽度の脱毛(ウイッグ不要)が4例、合計24例が抗がん剤治療を行っても、ウィッグ不要とする状態が維持できたという数字が出ています。
海外のデータでは、ウィッグの着用が不要になるのは約50%という数字が出ています。頭皮冷却装置を利用しても脱毛が進む人もいて、脱毛の度合いには個人差が見られます。また、脱毛からの回復が早くなる人が多いというデータも。働きながら治療する現状では、脱毛の悩みを減らせる可能性に期待したいです。
この装置を使った女性は、「抗がん剤治療を決断できたのは、頭皮冷却装置が使えることを知ったからです。ロングヘアだったのでショートに髪を切り(それだけでも気が重かった)、抗がん剤の脱毛に備えました。職場では限られた人にしか乳がんのことを話していません。働きながら治療するので、髪が抜けて『どうしたの?』と聞かれるのがイヤでした。もしものときのためにウィッグも用意していましたが、頭皮冷却装置のおかげで、ほとんど使うことはありませんでした。もちろん、少しは脱毛しましたが、ウィッグをつけるほどでもなかったです。
ほとんど脱毛してしまうのなら、会社をやめるか、抗がん剤治療をやめるか、ふたつにひとつだ、と考えた時期もあったほど。抗がん剤治療を終えて、約1年たちますが、ほぼ以前のような毛量が戻ってきています。同じ頭皮冷却装置で治療していた方に聞くと、その方は少し脱毛してウィッグを使う期間が数週間あったけれど、髪が生えてくるのが早かったのでやはり使ってよかった、と話していました」
*1 『臨床で活かす がん患者のアピアランスケア』1版 野澤桂子ほか編、2017年、南山堂
*2 「化学療法に伴う脱毛患者サポートに関するWG」公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンター ヘルスアウトカムリサーチ支援事業
イラスト/かくたりかこ