忙しい日々、同時に複数のことを要領よくこなす人がいる一方で、ふたつ以上のことができず、効率よく物事を進めることが苦手な人がいます。
「その傾向は大人の発達障害のひとつADHD(注意欠如多動症)の人に多いですね。それは家事でも、仕事でも同じなので、部屋が散らかっていたり、仕事の納期に間に合わないなど、周りに迷惑をかけることもしばしば。そんな人のケースを見てみましょう」(司馬理英子先生)
※大人の発達障害についての基礎知識は第1回参照。
ADHD(注意欠如多動症)には、不注意なことが強く出る不注意型、多動性や衝動性が強く出る多動・衝動型、この両方を併せ持った混合型があります。
ADHD不注意型のY子さんの場合
同時にふたつ以上のことができない
Y子さん(40歳)は専業主婦。幼稚園児と小学生の子ども二人と夫の4人暮らしです。
子どもが一人のときはパートで事務の仕事をしていましたが、二人になったときに仕事と育児の両立がきつくなって退職。今は専業主婦ですが、それでも部屋は散らかり、日々の家事と育児に悪戦苦闘しています。
特にふたつ以上のことを同時進行するのが苦手です。煮込み料理で鍋を火にかけている間に、洗濯物を取り込んでたたんだり、子どもの宿題を見ている間に、鍋のことをすっかり忘れて焦がすことがたびたびあります。
部屋の片づけも、掃除機をかけ始めたものの、テーブルの上の散らかりが気になって掃除機を投げ出してしまう、洗濯物をたたみ始めたら夕食の仕込みをしようと台所へ。というように、あれもこれもしなければ…という思いで頭が混乱して、結局、どれも中途半端になってしまい、部屋はいつも散らかっています。
決めたルールを気分で変えるので、子どもも困惑
また、「毎日、夕食の前に子どもの宿題を見る」と子どもと約束して、1日目は実行できたのですが、2日目には疲れていたのでその約束を破りました。
子どものゲームをする時間についても、家族で1日1時間まではOKというルールを決めたのに、イライラすると「ゲームは禁止!」と言い出すなど、一貫性のない態度をとってしまいます。
そのつど、言うことが変わる気まぐれな母の言動に、子どもは困惑。特に小学生になった上の子は母親が信用できない存在になりつつあり、親子関係や夫婦関係もギクシャクしています。
【ADHD不注意型の特徴】 ★がY子さんに強く見られる特徴で、〇は多動・衝動型と共通。
★同時にふたつ以上のことができず、段取りよく物事を進められない
★気が散りやすくて、忘れっぽい
★言うことがコロコロ変わる
★整理整頓や単純作業が苦手
〇自分が面白いと思うことややりたいことを優先して、面倒なことは後回しにする
〇待ち合わせの時間に毎回のように遅れる
〇早とちりでケアレスミスが多い
〇お金の管理が苦手で、衝動買いが多い
「ADHDの人は『記憶の容量』が小さいため、ふたつ以上のことを同時進行するとあっという間にメモリーオーバーになってしまいます。ふたつ目のことを始めると、そのことに意識が集中してしまい、ひとつ目にやっていたことをすっかり忘れてしまうのです。
もちろん、これは定型発達の人でもあることですが、その頻度や度合いが違います。
例えば、宿題を一緒にやると決めたら、通常は毎日やっていれば習慣になるのですが、ADHDの人は何かを持続することが苦手です。子どものちょっとした態度によって、決めたルールを勝手に変えてしまうところがあります」
【周りのサポート】
「これは家族の協力が必要です。夫にできるだけ早く帰って来てもらい、家事の一部を分担したり、子どもの宿題を見てもらうなど、Y子さんの負担を減らすようにします。
『普通、これくらい一人でできるでしょ!』ということができずに、想像以上に疲労困憊してしまうのがADHDの人の特性です。家事、育児、夫のことを一手に請け負うのは、大変なことであると理解してあげてください。
一緒に毎日のルーティン作りを考えてあげるのもいいですね。一日に行う家事などの仕事内容と目安の時間も書き出します。起床、朝食の支度、子どもの送迎、洗濯、掃除、買い出し、子どもの宿題を見る、お風呂の準備、寝る時間など生活の基礎のタイムスケジュールを決めるのです。
こうしたスケジュール、子どものゲームやお小遣いのことなど、家族で決めたルールは紙に書いて貼っておくといいでしょう」
【当事者へのアドバイス】
「まずは、あれもこれもやろうとしないで、ひとつのことを終わらせてから次のことに取りかかるように心がけてください。
夫に自分の状態を理解してもらい、一人で抱え込まずに、家事の一部を請け負ってもらいましょう。食洗器を使ったり、洗濯物はたたまなくてもハンガーに吊るしたままでもいいかもしれません。少しでもラクになることを考えましょう。時には家事代行に頼るのもひとつの方法です。
一日のタイムテーブルや家族のルールに沿って、できるだけ実行していくようにします。誰でも時間に余裕がなくなると焦って頭が混乱します。常に時間に余裕を持って生活することを心がけてください。大切なのは、自分自身と家族が毎日明るく楽しく生きることです」
【教えていただいた方】
司馬クリニック院長。岡山大学医学部・同大学院卒業後、1983年渡米。アメリカで4人の子どもを育てながら、ADHDについて研鑽を深め、1997年に帰国後、東京都武蔵野市に発達障害専門のクリニック「司馬クリニック」を開院。著書は『のび太・ジャイアン症候群』(主婦の友社)をはじめ、『わたし、ADHDガール。恋と仕事で困ってます』(東洋館出版社)、近著『もしかして発達障害?「うまくいかない」がラクになる』(主婦の友社)など、多数。
イラスト/小迎裕美子 取材・文/山村浩子