人には得手不得手があります。なかには単純作業や事務作業などに、根気よく取り組むのが得意な人もいます。その一方で、集中力が極端になく、退屈を感じるのが早く、淡々と繰り返すことや、経理のような正確さを求められる作業が苦手な人もいます。
「特に、ADHD(注意欠如多動症)の人はそうした作業が大の苦手です。落ち着きがなく衝動的な行動が多い多動・衝動型、気が散りやすく失敗が多い不注意型でも、この傾向は共通です。そんな人の困り事にはどのように対処したらいいのか考えていきます」(司馬理英子先生)
※大人の発達障害についての基礎知識は第1回参照。
ADHD(注意欠如多動症)M代さんの場合
整理整頓が苦手で、事務作業の締め切りにいつも遅れる
M代さん(41歳)はパートで営業補佐の仕事をしています。小学校低学年の子どもが一人と夫の3人暮らし。いつもニコニコ明るいのが取り柄です。
子どもが小学生になり、家計を助けるために再就職で今の仕事につき、半年が過ぎました。昔から事務作業は苦手でしたが、日常業務に思いのほか苦戦しています。
単純な転記ミスや入力ミスが多く、書類の作成で不備を指摘されることがしばしば。特にオフィスには人の出入りが多く、周りがざわついているとミスを多発する傾向があります。
M代さんの仕事のひとつになっている、おやつタイムの菓子の買い出しやお茶入れは大好きで楽しくやるのですが、その経費の精算が苦手です。
こうした面倒なことはつい後回しにする癖があり、ようやく重い腰を上げるのがいつも締め切りギリギリに。領収書をきちんと整理していないので、それらを探すことから始まり、結局、提出期限が守れません。この半年、課長に叱られっぱなしですが、いつも笑顔で切り抜けます。
家や子どものことでもうっかりミス連発!
当然、家も整理整頓ができていません。子どもの保護者会のお知らせや親戚の結婚式の招待状の出欠ハガキといったものが、雑然としたテーブルの上で埋もれることがしばしば。すっかり忘れて、学校や相手から催促の知らせをもらうこともよくあります。
また、ルーティンの管理ができず、いろいろなことをすぐに忘れます。例えば、資源ゴミの分別ができなかったり、いつも出し忘れたりします。スマホの置き場所を決めていないので、「あれ? どこに置いたっけ?」といつも探しています。
【ADHDの特徴】 ★がM代さんに強く見られる特徴で、〇は多動・衝動型と不注意型共通。
★単純作業、ルーティン管理が苦手
★整理整頓が苦手
★気が散りやすくて、忘れっぽい
★行動がギリギリになる
★自分が面白いと思うことややりたいことを優先して、面倒なことは後回しにする
〇落ち着きがなく、じっとしているのが苦手
〇段取りよく物事を進められない
〇言うことがコロコロ変わる
〇待ち合わせの時間に毎回のように遅れる
〇せっかちで早とちりが多い
「M代さんのようなADHDの人は、子どもの頃は繰り返し行うドリルのような勉強が大嫌いだったりします。ワクワクすることがないとすぐに飽きてしまうのです。
大人の発達障害のなかでも、ASD(自閉スペクトラム症)※の人はこだわりが強く、いつもと違うことや変化がつらいのですが、ADHDの人は代わり映えのしない単純な環境が苦手です。
例えば、提出書類が遅れがちなのはどちらも共通ですが、その理由が違います。
ASDの人はどこかに引っかかることがあると、そこが気になってしまい先に進めなくなります。一方で、ADHDの人はすぐに飽きてしまい、目の前の興味あることや楽しいことを優先してしまいます。このように、面白くないけれど、やらなければならないことを後回しにする傾向があるのです」
※ASD「受動型」のケースは第6回参照
【周りのサポート】
「こうしたADHDの人が部下や同僚にいる場合は、散らかったデスクを片づけるように促したり、締め切り日を何度も伝えるようにします。
効率よく行うためのスケジュールを一緒に作るのもいいと思います。様子を見て、ちゃんと取りかかっているかそのつどチェックしていきます。
厳しく指摘するのではなく、それとなく伝え、きちんとできたら少し大げさに褒めることも重要です。
誰でもやりたくないことはあり、それでもなんとか『やる気スイッチ』を入れてやりますよね。このスイッチを押すのはドーパミンなどの神経伝達物質が関係しているのですが、ADHDの人は脳の癖によって、そのスイッチが気まぐれです。これは単に人間性だけの問題ではないことを理解して、付き合っていく必要があります」
【当事者へのアドバイス】
「整理整頓が苦手でも、せめて必要な領収書や返信が必要なものなど、大切なものは1カ所にしまうように努力しましょう。このとき、『〇〇は〇〇の中にしまった!』と声に出しながら行うのがおすすめです。
とにかくすぐに忘れやすいので、なんでもメモを取る習慣をつけてください。書くことは脳のメモリー不足をサポートするのに有効です。
今月やること、今週やること、そして今日絶対にやるべきことを書き出します。メモをなくさないように手帳やカレンダーに書き込んだり、見えるところに貼ります。
そして、気まぐれな『やる気スイッチ』を作動させる工夫をします。『この精算をやったら、ご褒美に〇〇のケーキを食べる!』『自分はできる!と言い聞かせる』など。
そしてできたら自分を思い切り褒めましょう。小芝居をするくらい大げさに、『私ってすご~い!』と声に出して!
とにかく楽しいことを紐づけて自分なりにモチベーションを上げる方法を考えてください。毎日、白いご飯だけでは飽きてしまうのと同じで、ワクワクするおかずを自分なりに見つけることが大切です」
【教えていただいた方】
司馬クリニック院長。岡山大学医学部・同大学院卒業後、1983年渡米。アメリカで4人の子どもを育てながら、ADHDについて研鑽を深め、1997年に帰国後、東京都武蔵野市に発達障害専門のクリニック「司馬クリニック」を開院。著書は『のび太・ジャイアン症候群』(主婦の友社)をはじめ、『わたし、ADHDガール。恋と仕事で困ってます』(東洋館出版社)、近著『もしかして発達障害?「うまくいかない」がラクになる』(主婦の友社)など、多数。
イラスト/小迎裕美子 取材・文/山村浩子