【教えていただいた方】
(うちかど ひろたけ) 医療法人社団 彰耀会理事長。「メモリーケアクリニック湘南」院長。 横浜市立大学医学部を卒業後、同大大学院博士課程(精神医学専攻)を修了。横浜での病院勤務、「湘南いなほクリニック」院長を経て、2022年より現職。認知症の人の在宅医療を推進し、認知症に関する啓発活動や地域コミュニティの活性化に取り組む。『家族で「軽度の認知症」の進行を少しでも遅らせる本』(大和出版)など著書多数。
認知症の40%は予防できる! 一見、関係なさそうなリスク要因とは?
「最近、もの忘れがひどくなった」「集中力が続かない」…。40歳を過ぎた頃から、そう感じることはありませんか? ほかの臓器が老化するように、誰にでも脳の老化は起こりますが、「認知症」とはどのようなものなのでしょうか?
「認知症は病名ではなく症状名です。認知症の原因になる疾患は約70種類あるといわれているのですが、その中で大部分を占めるのが、よく聞く『アルツハイマー型認知症』です」(内門大丈先生)
(注)以下、特別な注意書きがない場合は認知症=アルツハイマー型認知症とします。
「アルツハイマー型認知症の場合、脳にアミロイドβやリン酸化タウなどの特殊なタンパク質(プラーク)がたまることで、神経細胞が破壊され、脳が萎縮することで発症するといわれています。しかし、これらのプラークがたまっていても症状が発症しない人がいることがわかっています」
なんと! アミロイドβなどのタンパク質がたまっていても、認知機能が低下しない人もいる!?
その研究は、1986年からアメリカの修道院で行われました。「ナン・スタディnun study(修道女研究)」と呼ばれる、修道女1027人中、678名が参加した大規模な認知機能の調査です。
修道院に保管されている修道女の個人記録(ハイスクールでの成績証明書、22歳時に書いた自分の半生記、年に1度行われた身体能力と知能・精神能力の結果、検査死亡記録など)と、死亡後に行った脳の解剖によるアミロイドβのたまり具合などを検証したものです。脳の解剖は約300例あったといわれています。
「そこで導き出されたひとつが、胎児期から思春期の間の脳の発達具合で、強い脳と弱い脳ができるというのです。強い脳とは基礎体力がしっかりしている脳で、アルツハイマー病になって一部の組織が壊れても、神経細胞が新しい接続をつくり出して、その機能をカバーすることができます。結果、認知機能の低下を起こさないことがあるのです。
そして、高齢になっても認知症にならない修道女は、若いころから語彙が豊富で、文章力が高い傾向がありました。それは子どもの頃に多くの本(文章)を読んでいたため、柔軟性に富んだ強い脳がつくり出され、結果、認知機能が保たれたと考えられています」
つまり、強い脳のベースがあると、年をとっても認知機能の低下をくい止める可能性があるのです。
今からでも危険因子を回避すれば発症や進行を穏やかにできる
そう言われても、もう子ども時代には戻れませんが…。
「大人になってからもできることはあります。それは、『ランセット』誌(世界五大医学雑誌のひとつ)が2020年に発表した、12のリスク因子が参考になります」
それによると、人生のステージごとに気をつけるべきことが異なります。どんなことがリスク因子なのかを知っておくと、発症の予防だけでなく、認知症の人との接し方や介護の姿勢で気をつけるべきことが見えてきます。
認知症になる12のリスク因子と、それを改善した際の予防率
小児期
12歳までの教育不足…7%。
「その後の知的好奇心に影響し、さまざまな情報や刺激に触れることで強い脳がつくられます」
中年期(45~65歳)
過剰飲酒…1%、肥満…1%、高血圧…2%、頭部外傷…3%、聴力低下…8%。
「この時期には肥満や高血圧などの生活習慣病を回避することが重要です。なかでも注目したいのは聴力低下。耳からの情報が少なくなると脳への刺激が減ることで、認知機能の低下につながる確率が高いといいます。難聴などの症状がある場合には、早い段階でケアすること(治療や補聴器を活用するなど)が大切です。いずれも体のメンテナンスを行うことで、認知症のリスクを大きく軽減できると心得ておくといいでしょう」
高年期(66歳以上)
糖尿病…1%、運動不足…2%、大気汚染…2%、抑うつ…4%、社会的孤立…4%、喫煙…5%。
「身体的なダメージに加え、うつや社会的孤立で人とのかかわりが減ることによる、精神的な問題も大きく影響してきます。積極的に人とかかわる環境を整えることが重要です」
「これらを改善することで、認知症を約40%予防できると発表しています。小児期の教育、中高年期の健康管理や聴力低下、高年期の社会的孤立や抑うつなど、一見、認知症と関係なさそうなものにもリスクが潜んでいます。
認知症をまだ発症していないなら、生活を改善する努力を。また、すでに軽度認知症や認知症と診断された人でも、その後の生活やまわりの人の接し方や環境次第で、進行を穏やかにすることができます。
そのポイントは、視覚、聴覚、感性、運動能力などを適度に刺激して、脳の部位をできるだけまんべんなく刺激して活性化させることです。
小児期のことは今から変えることはできませんが、中高年期のことなら、これから実践できます。認知症と診断された本人だけでなく、それを支える家族も、こうしたリスク要因を知ったうえで、前向きに取り組むことが重要だといえます」
イラスト/東 千夏 取材・文/山村浩子