わからないこと=悪いことと捉えない。質問して試さないで!
(注)以下、特別な注意書きがない場合は認知症=アルツハイマー型認知症とします。
記憶障害と並んで早い段階から現れる症状は、季節や時間がわからなくなることです。症状が進むと次に場所が、さらに進むと人がわからなくなります。よく「娘の私の顔がわかってもらえなくてショックだった」という話を聞きます。こうなるとかなり心配ですよね。
「これは専門用語では見当識障害というのですが、『今がいつなのか?(現在の年月日、季節、曜日、時刻)』、『今どこにいるのか?』、そこにいるのが『誰なのか?』が把握できなくなります。アルツハイマー型認知症の場合、上記の順番で現れることが多いですね。
また、70種類もあるといわれている認知症の中で、アルツハイマー型認知症に次いで、2番目に多い『レビー小体型認知症』にもよく現れます。
レビー小体型認知症とはレビー小体というタンパク質が蓄積されて、初期には目立たないこともありますが、やがて海馬、側頭葉の萎縮が起こり、後頭葉の血流が低下します。おもな症状はこの見当識障害をはじめ、注意障害(気をつけるという機能の低下)を中心とした認知機能障害、幻視、動作が遅くなる、震え、抑うつなどです。老年期に多く見られますが、早い人は40歳頃から発症するケースもあります。
こうした時間や場所、人がわからなくなる症状も発症の仕方や重症度も、人により異なります。意識が明確なときとぼんやりするときが、交互に現れることもあります」(内門大丈先生)
周囲の家族も不安から、つい「なんでわからないの?」と叱ったり、「今日は何日?」などと質問して、わかっているかどうかを確かめようとしたりしてしまいがちです。
「確かにクリニックでは症状の進行具合を確認するために神経心理学的検査を行います。それは、今日は何年、何月、何日、何曜日ですか?といった、記憶力や時間や場所を正しく認識する能力をチェックすることも含まれます。しかしそれを、家族やまわりの人が日常的に行ったら、本人にはストレスでしかありません」
NGワード
否定/「そうじゃない」「また間違えた」
修正/「ここにあるよ」「さっきも言ったでしょ」「ちゃんとして」
試す/「今日は何月何日?」「ここはどこ?」
詰問/「アレとかソレとか、いったい何のこと?」「何を言ってるの?」
注意/「気をつけてよ」「〇〇はしないでね」「危ない!」
しっかりしてほしい、元に戻ってほしい思いから、つい上記のような言葉を発していませんか?
「しかし、残念ですがこうした言葉で元に戻ることはありせん」
認知症の人は右脳領域は活発になり、感覚は敏感になります
「例えば、脚をケガして不自由になれば、杖や車椅子で機能を補います。認知症の人も同じです。すでに脚を失っている人に、両脚で歩く訓練をしないように、認知機能が低下した人に、記憶力を元通りにする訓練を強いても意味がありません。
現状を見極めて、できないところを補うケアが大切です。それが機能低下を少しでも穏やかにする方法と考えるといいでしょう」
「認知症になると、言葉が思うように出なかったり、会話が嚙み合わなくなることがあります。言葉や会話を司る左脳は機能低下しますが、身体的感覚やイメージすることを司る右脳は活発になる傾向があります。
右脳が活発になると、まわりの雰囲気を敏感にキャッチするので、温かい気持ちで接しているかどうかはわかるのです。デイサービスを頑なに嫌がるとしたら、そこで何か不快な経験をしたのかもしれません。
例えば、今が朝なのか昼なのかわからないようなら、起こすときに『朝ですよ~』とか、食事を出すときに『お昼ごはんですよ~!』とか、『夜なので寝ましょう』といった、時間がわかる言葉をわざわざ加えるのもいいでしょう。
新しいことを覚えられなくなっても、過去の記憶や積み重ねてきた人生がすべてなくなるわけではありません。認知症になるとわからないことが増えますが、感覚は敏感になっているので、温かい気持ちで接することが重要です」
【教えていただいた方】
(うちかど ひろたけ) 医療法人社団 彰耀会理事長。「メモリーケアクリニック湘南」院長。 横浜市立大学医学部を卒業後、同大大学院博士課程(精神医学専攻)を修了。横浜での病院勤務、「湘南いなほクリニック」院長を経て、2022年より現職。認知症の人の在宅医療を推進し、認知症に関する啓発活動や地域コミュニティの活性化に取り組む。『家族で「軽度の認知症」の進行を少しでも遅らせる本』(大和出版)など著書多数。
イラスト/東 千夏 取材・文/山村浩子