日頃からイライラさせないことが何より大事
「昔は穏やかだったのに人が変わったよう」、「昔から怒りっぽい性格だったけれど、それがさらにひどくなった」、「デイサービスで暴れ出した」…。
そんなことがあると、介護する側としてはとても困るし、悲しくなります。
「認知症の症状の中でも、周囲の人とのかかわりの中で起きてくる症状を『BPSD(認知症の行動・心理症状 Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)』といいます。こうした暴言や暴力、興奮もそのひとつで、その人の性格や置かれている環境、人間関係などが複雑に絡み合っているので、現れ方は人それぞれ違います。
ひとつには、言葉が出てこなくてうまく自分の意思を伝えられないので、イライラしてしまうことがあります。本人は自分の脳がうまく働いていないことに焦りを感じて、不安や孤独感に包まれているのです。
こうした暴言・暴力といった行動は、血管性認知症(※1)や前頭側頭型認知症(※2)に多く見られ、特に前頭葉に病変が広がると、気持ちのコントロールができにくくなります」(内門大丈先生)
(※1)血管性認知症(VaD=Vascular Dementia)とは、脳の血管障害(脳梗塞、くも膜下出血など)が原因で生じる認知症で、国内の認知症の約2割を占めます。アルツハイマー型認知症と併発することもあり、初期は運動麻痺や記憶障害がおもな症状ですが、暴言・暴力を引き起こすことがあります。
(※2)前頭側頭型認知症(FTD=Frontotemporal Dementia)は50~60歳に好発する若年性認知症です。前頭葉や側頭葉が萎縮して、突然攻撃的な性格になったり、万引きなどの軽犯罪を起こす、過食や異食(食べられないものを食べる)、言語障害が特徴的な症状です。
「こうした言動の裏には、必ず本人なりの理由があります。何にイライラしたのか? そのときの状況や環境を探ってみましょう。その上で、日頃から気持ちが動揺するような状況をつくらないよう、本人の気持ちに寄り添った対応をすることが大事です」
ただでさえ認知症になると自尊心が傷つきやすくなっています。間違いを指摘したり、子どもを扱うような言葉遣いをするのはNGです。
【話をするときには、こんなことに気をつけて!】
●目を合わせて話す
上から見下ろすのではなく、しゃがんで相手と目の高さを合わせて、アイコンタクトをしながら話します。
●落ち着いた口調で話す
認知症の人は大きな甲高い声が苦手です。低い声で落ち着いた口調で穏やかにゆっくり話します。
●幼児言葉を使わない
できないことが増えても大人です。子どもに話すような言葉を遣われるのは自尊心が傷つきます。
●短く話す
くどくど長く話しても理解できません。そのつどひとつのテーマに絞り、要点をまとめて伝えます。
●終始笑顔で話を聞く
けげんな顔や険しい顔で話すと、それだけで怒っていると思われます。つねに笑顔を忘れずに!
●「ながら」で話を聞かない
スマホをいじりながら、テレビを見ながら会話をしないこと。聞き流しは禁物です。真摯に耳を傾けることで、相手は安心して満足感が増します。
●スキンシップも大切
手を握ったり、背中に手を当てるなど、体に触れることで相手に安心感を与え、大切にしてもらっていると思ってもらえます。
先回りして不安を減らす工夫を!
また、普段の身のまわりのことやスケジュールなどは、本人が管理できるように工夫することも大切だといいます。
「例えば、衣服は数日間分の必要なものを、上下組み合わせたセットにしてわかりやすく置いておく。家電の扱い方や注意書きなどは、わかりやすく書いて貼っておく。やるべきことはカレンダーに書き込んで、用がすんだら×をつけていくといった感じです。
注意したいのは、情報量が多いと混乱するので要点を絞り、何度も繰り返し伝えます。自分でできることがスムーズにわかると、イライラの回数も減り、症状を改善できる場合も少なくありません」
しかしながら、こうした状況に対応するのが難しいケースもあるでしょう。
「ある女性は認知症の夫にどうしても優しくできませんでした。それは長い間、命令ばかりする夫に心が傷つけられていたからです。
またある女性は過去に浮気されたことに、今でもわだかまりがありました。そんな配偶者や、また親子関係でも虐待やモラルハラスメントを受けてきた人は、親に対して優しくできないのも無理はありません。
そんなときはぜひ、介護保険制度を利用してください。医療や介護スタッフに温かい声をかけてもらうことで、怒りっぽさが軽減したというケースもあります。善意のある第三者に介入してもらうことで好転することがあることを覚えておいてください。
多くの人に出会えば、それだけ相性の合う人が見つかる可能性があります。できるだけ多くの第三者にかかわってもらいましょう。
また、どんなに一生懸命にやっても、介護に100%はありません。目まぐるしく変わる本人の思いや態度に寄り添うことは、医師であっても難しいものです。
トラブルがあったり、思ったようにいかなくても自分を責めないでください。介護者自身のストレスケアにも注意を払い、頑張りすぎないことが大切です」
【教えていただいた方】
(うちかど ひろたけ) 医療法人社団 彰耀会理事長。「メモリーケアクリニック湘南」院長。 横浜市立大学医学部を卒業後、同大大学院博士課程(精神医学専攻)を修了。横浜での病院勤務、「湘南いなほクリニック」院長を経て、2022年より現職。認知症の人の在宅医療を推進し、認知症に関する啓発活動や地域コミュニティの活性化に取り組む。『家族で「軽度の認知症」の進行を少しでも遅らせる本』(大和出版)など著書多数。
イラスト/東 千夏 取材・文/山村浩子