嚥下機能は奇跡の連携プレーに支えられている!
嚥下(えんげ)とは、口の中で咀嚼(そしゃく)した食べ物や飲み物が喉を通って、食道を通過するプロセスを指します。私たちの喉の前側には気管、後ろ側には食道があり、このふたつの器官は並んでいます。息を吸い込むときには気管の入口が開いて、食道の入口が閉じられ、一方、食べ物を飲み込むときには食道の入口が開いて、気管の入口が閉じるしくみがあります。その入口の仕組みをするのが「喉(咽頭・喉頭)」なのです。
「私たちが『ごっくん』と飲み込むのにかかる時間はわずか0.5~0.8秒間。その瞬間、喉仏ととともに『喉頭拳上筋(こうとうきょじょうきん)群』という“飲み込み筋”が瞬時に持ち上がり、『喉頭蓋(こうとうがい)』という“喉の蓋”が気管の入口を塞ぎます。
と、同時に食道の入口が開いて、咀嚼した食べ物や水分が食道に送り出されるというメカニズムがあります。このすばらしい連携プレーが私たちの嚥下機能を支えています。しかも、嚥下機能は生まれながらに備わっているのですよ」と西山耕一郎先生。
【息を吸い込むとき】
【食べ物を飲み込むとき】
食べ物が気管に入らないようにと、喉の防波堤のような役割をしているのが「喉頭蓋」。この「喉頭蓋」の動きを「喉頭拳上筋群」という飲み込み筋が支えているわけです。ところが、年齢を重ねるとともに飲み込み筋が衰えて、喉仏が持ち上がらなくなっていき、フタを開け閉めする防波堤の動きが鈍ってしまうのです。
“喉のフタ”の動きにエラーが起こると、むせやすくなる
私たちの体の筋肉は加齢とともに衰え、引力に従って下垂していく傾向がありますが、喉の筋肉も同様です。50代以降になると、20代~30代の頃のように喉仏が持ち上がらなくなり、”喉の蓋”の開け閉めのタイミングがずれてしまいがちに。
また、食べ物や水などを口の中に入れると、脳に信号が伝わって、反射的に飲み込み筋が収縮し、喉仏が持ち上がる仕組みがあるのですが、この反射神経も加齢とともに老化していきます。そのため、“喉の蓋”が気管の入口を塞ぐ前に、食べ物が流れ込んでしまうなど、エラーが起こりやすくなるのです。これこそが「誤嚥」の正体です。
【正しい嚥下と誤嚥の違い】
↑”喉の蓋”の開け閉めのタイミングがずれると誤嚥が起こりがちに
ちょっとしたはずみで、食べた物や飲んだ物、唾液が気管に入りかけてむせたことはありませんか?「気管に入りかけただけ」であれば、誤嚥したことにはなりません。瞬間的に激しくむせるのは、気管に侵入しかけたものを押し戻して、気管と肺を守ろうとする防衛反応です。
「誤嚥しかけてむせたとき、むせるのを抑えようとして水を飲む人がいますが、これは絶対にNG。サラサラとした液体というのは誤嚥しやすく、さらなる誤嚥を起こす危険があるからです。むしろ大きく咳をして、喉の奥につかえたものを吐き出すことが大事。上半身を前に倒して前屈位の姿勢で咳き込むと、吐き出しやすくなります」
嚥下は反射運動なので、無意識に行われています。でも、無意識だからこそ、エラーが起こることがあるのです。「最近、むせやすい」という人は、飲み込み筋が老化して、嚥下機能が衰えているサイン。喉の連携プレーがうまくいっていないために、むせやすくなっているのです。慢性的にむせやすい状態が続くと、この先、誤嚥性肺炎を引き起こすリスクがあります。嚥下機能のエラーを予防するためにも、まずは「これから飲み込むぞ」と、意識して飲み込むようにしてみましょう。
喉(喉頭)には「飲み込む」「呼吸する」「声を出す」という3つの機能が!
喉は私たちが生きていくうえで欠かせない3つの機能を担う場所。食べ物を口から取り込んでエネルギーを摂取する「嚥下」のほかに、酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出す「呼吸」、人とのコミュニケーションに必要な「発声」という3つの役割を果たしています。実は、呼吸と発声の機能が衰えると飲み込む力が影響を受け、衰えてしまうことがわかっています。
「もしも誤嚥しかけたとしても、大きく咳き込むことで気管の入口に引っかかったものを吐き出すことが可能です。ただし、このとき、大きく息を吐く力があるかどうか、肺活量があるかどうかがカギとなります。“誤嚥があるグループ”と、“誤嚥しないグループ”を比べたときに、“誤嚥があるグループ”のほうが呼吸機能が弱いという研究結果もあるからです」
また、気管の入口にある喉頭には声帯があり、声帯を閉じたり開いたりすることで声を出しているのですが、誤嚥しやすくなっている人の場合、声が小さくなったり、かすれやすくなるケースが見られます。実は声を出すときには声帯が震えて、高音を出すときほど、飲み込み筋が効果的に刺激されます。ですから、将来的な誤嚥を予防するには、呼吸機能と発声機能を衰えさせないことも重要。飲み込む力とともに、呼吸、発声の3つの機能を維持して、喉の若さを保ちましょう。
【教えていただいた方】
医学博士、東海大学医学部客員教授、藤田医科大学医学部客員教授。耳鼻咽喉科頭頸部外科専門医、日本嚥下医学会嚥下相談医、日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士。現在は複数の施設で嚥下外来と手術を行うかたわら、教鞭をとりながら、学会発表や医師向けセミナーを行う。著書に『肺炎がいやなら、のどを鍛えなさい』(飛鳥新社)、『のどを鍛えて肺炎を防ぐ』(大洋図書)、『誤嚥性肺炎に負けない1回5秒ののどトレ』(宝島社)など多数。
イラスト/カツヤマケイコ 取材・文/大石久恵