圧倒的な筆力で数々の文学賞を獲得するノンフィクション作家の佐々涼子さん。でも、更年期になって心身のバランスをくずし、過食に溺れた時期があったといいます。どう「食」と向き合い、人生を立て直したのか。その一部始終を記した連載「ようこそ、ダイエットクラブへ 人生立て直し日記」にも登場する、恩人の管理栄養士・青木海さんと語らいます。
佐々涼子さん
Ryoko Sasa
1968年生まれ。ノンフィクション作家。2012年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で第10回開高健ノンフィクション賞、20年『エンド・オブ・ライフ』で第3回Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞して注目を集める。OurAge連載「ようこそ、ダイエットクラブへ 人生立て直し日記」でもお馴染み
青木 海さん
Kai Aoki
1994年生まれ。管理栄養士。山形大学で栄養学を、筑波大学大学院で運動生化学を学んだ後、フィットネスクラブに1年間勤務。現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科でスポーツ医学を研究中
過食で人生最重量に! 心の不調も加速した
――佐々さんの不調は、どのように始まったのですか?
佐々 50歳を目前に、子宮筋腫による過多月経から貧血がひどくなって。仕事も行き詰まるし、二人の息子は独立するしでどうにも気持ちが下向きで。それをなんとかしようと、糖質を食べるわけですよ。「カラムーチョ」をひと袋とか、ホールのケーキを切りもせずにスプーンですくって食べたり。
――うっ、気持ち悪くならなかった!?
佐々 私、胃が丈夫なんですよ。全部食べると、食べてやったぜ! みたいな征服感があって気持ちいいんです。でも、すぐに気持ちが落ちて、罪悪感でいっぱいになる。それがいつの間にか習慣化して、自分では止められなくて。完全に依存症です。そんな折、長男の結婚が決まって、結婚式用に黒いストンとしたドレスを試着したんです。
――おしゃれなマダム風ですね!
佐々 ところが鏡の中には巨大な黒い丸が。体重計に乗ってみたら、1年足らずで20㎏増、体脂肪も40%超えで。
――そうなるまで気づかなかった?
佐々 薄々は…。ともかく3カ月後の結婚式にドレスを着るため、ジムに入会して、週に2日のトレーニングと2週間に一度の栄養指導がセットになったダイエットコースを申し込みました。そのときの管理栄養士が青木さんです。
青木 当時僕は新入社員で、最初に担当したのが佐々さんでした。まず、普段の食事を写真に撮ってアプリにアップしてもらいカウンセリングするんですけど、あまり食事にこだわりがなかったですよね。コンビニのサラダにささ身が丸々放り込まれたスープとか。
佐々 映(ば)えない(笑)。夫も単身赴任中だったので料理してなくて、最初の頃はテイクアウトの丼ものやポテチやケーキが主食。でも青木さんは「食事のバランスを考えて食べましょう」とは言うけど「食べるな」とは言わない。
青木 僕自身、食べることが好きで、前向きに生きていくためには、「食べて楽しい」ということが必要だと思っているので、何かを禁止したり、制限する食事指導は嫌なんです。
佐々 逆に食事を抜くと怒られました。
青木 当時は食事を抜くダイエットが流行っていましたが、空腹が続くとストレスがたまってしまう。実際、欠食するとドカンと間食したりするんです。
佐々 夜に炭水化物を少なくするとか、油やタンパク質や食物繊維もとりましょうとか緩〜い感じで、最初は半信半疑でした。ところが1カ月半たった頃から、急に体重がストンと落ちた!
青木 それは佐々さんの食事の積み重ねの賜物。食事内容も、週ごとにどんどんよくなっていきましたから。
佐々 「いい感じになってきましたね」とかおだてられるうちに、食事を見せるのが楽しくなってきて。トマトを4色にしてみたり、ケーキもイッタラのお皿に載せたりして、写真も映えるようになりました(笑)。
青木 彩りがよくパッと見てきれいな食事は、栄養素もだいたい足りているんです。佐々さんの写真からは、すごく楽しく料理をしているのが伝わってきたので、基本だけ押さえて、あとは自分の好きに食事をしてもらいました。
――ダイエットなのに?
青木 大人になると自分のことを甘やかせるのは自分しかいないのに、自分で自分をきつく縛ったらパンクしちゃいます。だから、自分を甘やかすのは佐々さんの仕事で、それを助けるのが僕たちの仕事ですと伝えました。
佐々 そこで自分の幸福感に向き合わざるを得なくなって、気づいたんです。私、もともとは一汁三菜が基本だったんです。でも、夫や息子がボリューム系を好むので、肉をいっぱい炒めて、その残りものを食べるみたいな食事をしているうちに、いつの間にか自分の好きな食がわからなくなっていた。
他者に流された食生活を引きずって、自分を大切にしてこなかったなあって。自分の幸福や快適は自分にしかわからない。だから自分の好きなように生きればいいんだよ、って青木さんに許可してもらったような気がしました。
自分の食を取り戻したら生き方がシンプルに
佐々 自分の好きなものを3食きちんと用意して、今何を食べているのか意識しながら食べるようになると、どんどん身軽になりました。夜は小学生がプールで泳いだあとみたいにぐっすり眠れるし、朝も清々しい気持ちで目が覚める。体が気持ちよくなると食べすぎないし、他人のことが気にならなくなってワイドショーやネットのだら見もしなくなる。人づき合いもシンプルになりました。
青木 「腸脳相関」と言いますが、腸は食べるものに鋭敏に反応して脳にも深く影響するので、食事によって心持ちも全然変わるんですよ。
佐々 まさにそれを体感しました。
青木 食事の内容がよくなってきたら、トレーニングの質も向上しましたよね。最終的には85㎏のバーベルを上げられていて、アスリートのよう(笑)。
――すごい進化! 肝心の結婚式は?
佐々 食事と筋トレ指導の両輪で、食べているのにどんどん痩せて。3カ月後には18㎏減、体脂肪も21%くらいに。無事ドレスを着て出席しました! その後も食事と筋トレを見てもらっていて、リバウンドはないですね。
――心のほうはどうですか?
佐々 執筆中はどうしてもうつに入りやすいんですけど、ちゃんと食べてトレーニングすれば、自分が心地よいと思える「0ポイント」に戻っていけるから大丈夫。自分を大切にしていると、自尊心もどんどん高まっていくんです。
――最後に、更年期やコロナ禍で心が弱っている読者にメッセージを。
佐々 体の「変わりどき」ってしんどいけれど、自分にとってもういらなくなったものを手放すチャンスだと思うんです。切り離した先には、気軽さや身軽さが待っています。生活の一番の土台は食だと思うので、食事を見直すことから、自分とのつき合い方を学びはじめてみてはどうかなと思います。
青木 僕はアンチエイジングという言葉が好きじゃなくて、女性も男性もその年に合ったキレイさカッコよさがあると思うんです。年齢に抗うより楽しむことで、何歳からでも進化できると思うので、いちばん身近な食事をきっかけに自分を見つめ直してもらえたらと思います。食事は心の栄養ですから。
自分を大切にして食べていると、どんどん自尊心が育つんです ……佐々涼子さん
楽しく食べることは前向きに生きること。食は心の栄養なんです ……青木 海さん
撮影/山下みどり イラスト/おおの麻里 取材・原文/石丸久美子