「普段当たり前に行なっている体の動きが変わると、物事のとらえ方が変わるきっかけにもなります」という身体技法研究者の甲野陽紀さんに、日常動作の質を高め、心の安定につなげていく“動き方”を伝授していただきました。
甲野陽紀さん
Harunori Kono
1986年生まれ。身体技法研究者。医療、スポーツ、音楽など幅広い分野の専門家に身体術を指導。カルチャーセンターなどで一般講座も開催。著書に『身体は「わたし」を映す間鏡である』など。ホームページはコチラから。Twitterはコチラから
「一動作一注意」で体と心の時を今にする
甲野 「心身一如」といわれるように、心と体は表裏一体で、体の安定は水面下で心の安定につながります。体を安定させるために、特別な運動は必要ありません。私は日常における体の動きを研究していますが、体の安定は普段の動きのなかでこそ磨かれるんですよ。
《編集部(以下同)》――筋トレや体操とかではなく⁉︎
甲野 「立つ」という動作で実験してみましょうか。まず、自分で安定していると思う立ち方をしてみてください。
――背すじを伸ばして、足で床をしっかり踏んで、姿勢を正しく整えてと…。
甲野 じゃあ、軽く肩を押しますよ。
――うわあ、グラグラする〜。
甲野 今度は何も考えず、ただ両手の指先を軽く合わせて。自然に指の先端が触れているところに注意が向きますね。さっきと同じように押しますよ。
――あれっ、揺れない‼︎
甲野 体が揺れないということは、心のしっかり感にもつながるので、嫌なことも受け流せるようになります。ポイントは「一動作一注意」。ある動きをするときには、ひとつのことに注意を向けることが大切です。立つという動作でも、指先だけに注意を向けて立つ場合と、複数のことに注意を向けて立つ場合では、体の安定感がまったく違う。試しに指先を合わせたまま、「背すじを真っすぐ」と思ってみて。押されると…はい、グラつきますね。
注意を一つに向けて動けば体も心も安定します ……甲野陽紀さん
――一動作二注意になるからですね!
甲野 はい。動物や子どもの動きは無駄がないといわれますが、それは今、興味のあるひとつのことだけに注意が向いているからです。一方、大人はいろいろなことが頭にあって、過去の失敗を悔やんだかと思えば、明日の予定を気にしたり。つねに注意が散っていて、一動作多注意になりやすい。
――ドキッ。日々に追われて地に足がつかず、心ここにあらずって感じかも。
甲野 さらにストレスが強くなると、不安要素がグルグル頭の中を渦巻いて注意散漫に。動きの質が落ちるから、体が安定せず、心も動揺しやすくて、ちょっとした言葉もグサグサ刺さるんです。
問題は体と心の時間軸のズレ。トラウマがまさにそうで、体は今ここにあるのに、過去経験したことに注意が引き戻される。でも、体の一点にフォーカスして動かしていくと注意が今に向く。一動作一注意には、体と心の時を「今」にする意味もあるんですよ。
手の指先を合わせて「立つ」の安定を磨く
あれこれ考えず両手の10本の指先を軽く合わせるだけ。指同士が触れている場所が指先。指を合わせる場所は個人差があるので、指先の場所も人それぞれ。日によっても変わります。両手を離しても、指先が触れていたところに注意を向けると体は安定します
撮影/山下みどり イラスト/おおの麻里 浅生ハルミン 取材・原文/石丸久美子