52歳、更年期の不調から脱出するためのチャレンジを始めた作家・横森理香。
Dr.ショーシャ式アンチエイジング検査の結果、小麦アレルギーと分り、食生活改革中。
空中ヨガレッスン、薄毛対策のスカルプケアサロンにも通い始め、今度は、
爽やかイケメンが太極拳を教えてくれるというTAICHIスタジオへ――。
⑥イケメンに太極拳を習いに東銀座へ♡
この連載も、行きつくところまで行ったというか、もうこれ以上若返らなくてもいいのでは? と自問自答したくなる。とにかく、若返るために忙しい。更年期症状もふっとぶほどの抗加齢活動だ。しかし連載担当編集者Kが、
「銀座のイケメンTAICHI(タイチ)にも行こうよ」
としつこいので、今度は太極拳をすることになった。
「この年になるとさ~、講師がイケメンってのも、モチベーション上がるよね!」
と編集者K。確かに、男女問わず講師が若くて綺麗だとやる気が出るし、病気になって入院でもしなければ、若者に触れあう機会など皆無といっていいお年頃だ。いつのまにか、そんな年になってしまった。
しかし太極拳といったら、以前はお年寄りのものといった印象だったが、最近ではヨガと同じように、若い世代にも流行っているという。そのブームのリーダー的存在が、このイケメン太極拳インストラクター・市来崎大祐氏(以下、我々はイッチーと呼ぶ)なのだと。スポーツとしての太極拳の全日本大会では一位、世界大会でも二位に入賞するほどのすごい技を持ち、太極拳の貴公子としてテレビにも出るぐらいのイケメン。クラスは老若女性で埋まっているとか。
イッチーの教える「TAICHI STUDIO」は東銀座駅四番出口すぐ、歌舞伎座の真ん前のビルの八階にあった。広々とした明るいスタジオ。スタジオの窓からは眼下に歌舞伎座と銀座のビル群が見える。夜のクラスなら、きっと夜景が綺麗だろう。
まずこういう場所で太極拳、というのがびっくりぽんや。太極拳といえば、公民館の薄暗い和室とかで行われるものだと思っていた。それか朝の公園。近所のご老人たちが老師を囲んでゆったりとされている光景が浮かぶ。そんな印象とは打って変わったファッショナブルなTAICHI。時代も変わったものだ。
このスタジオでは”動く漢方養生法”としてTAICHIエクササイズを提案しており、合わせて体質別の漢方茶も提供。希望なら骨格を整え気血の流れを良くするTAICHIセラピーも受けられる。内から湧き出る美と健康のためのトータルヘルスライフを体験できるスタジオというわけだ。
そして、太極拳=お洒落とはなかなかならないイメージを払拭するため、インストラクターやスタッフにも若い美女やイケメンを配し、お洒落なウェアを用意している。
「これなんかどうですか?」
とイッチーに差し出されたのは、ベリーダンスにも着られそうなヒラヒラの袖がついた赤いTシャツだった。
「いいね!」
太極拳用の靴も貸し出される。軽くてソールが柔らかい、特別仕様の靴だ。
「太極拳って、室内で靴を履いてする印象がないんですが、靴を履く利点は?」
イッチーに質問すると、いきなり高く上げた自分の手に足蹴りをして、
「たとえばこういう動きもやがてすることになるので、靴を履いていたほうがいいんです」
と言う。そのペシッという音に驚いた私は、
「は~」
と、ただただ感心するだけだった。
「あ、そうだ。太極拳は武術ですもんね」
思い出した。あの、朝の公園でゆったりやって気の流れを良くする体操とは別に、戦う術としての太極拳があるのだ。
「このスタジオで教えるのは基本中の基本。プロの演武を見る機会もあります」
といって差し出されたのは、『孫建明 来日三十周年記念講演』と銘打たれた、日中両国武術太極拳トップ選手によるパフォーマンスのチラシだった。
「昼の部はもう売り切れですけど、夜の部ならまだチケットあります」
「行きます! 二枚ください!」
間髪入れず、編集者Kが言った。すごーい、イケイケだぁ。五十三歳にしてこのやる気は、数々のアンチエイジング法をこなしているからかもしれない。
「じゃあ、まずお好きな漢方茶を淹れて・・・・・・」
イッチーのナビでまずはロビーにある「TAICHI Cafe」に行き、二十種類以上ある生薬の中から、気になる症状に合わせてオリジナルブレンドを作る。
「あ、私イチョウ。アルツハイマー予防にいいんでしょ?」
「私は花粉症だから甜茶か」
各薬草につく説明書きを見ながら考える。
「寒いから生姜も入れて、えと、香りづけにレモングラスも入れてみるか」
「あら、甘茶蔓茶が熱過剰にいいってよっ」
「エゾウゴギ・・・聞いたことある!」
「今月のおすすめブレンドもありますけどね」
イッチーが既にブレンドしてあるパックを勧める。年齢的に時間がかかるだけでなく、自分でブレンドする場合は、数種類選んでお茶パックに入れて、という工程があるのでひと手間かかるのだ。
カフェ仕様の使い捨てカップが用意されている。それにお湯とお茶パックを入れ、ロビーでの待ち時間はゆったり椅子に座って飲めるし、スタジオにも持ち込んで窓辺に置き、一息つくときにはお茶できる。これはお年頃女子にいたってはありがたいサービスではないか! 何事も、お茶しぃしぃでないと続かないお年頃だ。
「では始めましょうか」
その日は、私の希望で扇を使ったクラスを受講した。ベリーダンスにもファンベールという扇があり、めっちゃ肩回りと腕の運動になるのだ。二の腕のプルプル改善にもいいし、太極拳も舞踊の要素が入ると面白そうだ。
平日の昼でも、スタジオには三十代から六十代と見られる女性十数人が集まっている。まずは始める御挨拶だが、ヨガと違って合掌ではない。右手をぐーにして、左手の手のひらに押し付け、会釈するのだ。
「これは自分を律し、決して戦いませんよ、という宣言です」
太極拳は武術だが、練習の場合はこの「抱拳礼(ほうけんれい)」をしてスタート。
「はい、まず基本の立ち方。足は肩幅に開き、丹田を引き締め、命門(めいもん)を開いてください」
「命門?!」
お初ワードが登場した。尾てい骨を前に出すことにより、丹田の後ろ側にある「命門」が開くというのだ。
「お尻が出てると重心が安定しないので、ちょっと壁で練習してみましょうか」
壁に背中をぴったりくっつけて、この基本姿勢を正しい位置でできるように練習する。
「結構きつい!!」
ベリーダンスでこの立位には慣れてるはずの私ですら、壁を使うと厳しい。中腰で立ち、膝は爪先から出ないように、上半身はまっすぐ立つ。これだけで運動になるぐらいだ。
「はははは、難しいですね!」
イッチーが爽やかに笑う。こんな、へなちょこなオバサンたちに爽やかに太極拳を教えられるイケメンつーのも珍しいが、武術太極拳の世界ではチャンピオンらしい。
そこから基本の呼吸法、歩き方、八段錦(はちだんきん)という八個の型を学ぶ。汗がにじみ出て、もう充分運動になったから帰りたいぐらいだったが、ここからが本番の扇だ。
扇は貸し出しになっていて、好きな色を選べる。私は赤いTシャツに映える白を。花柄が描いてある方が表なので、まずはパシッと開くところから学ぶ。
「絵が描いてある方が表なので、表の端を親指と人差し指で持って」
パシッと開く。
「力を抜くとうまく行きますよ」
「はい、上手ですよ」
綺麗な扇を持つだけで気分が上がるが、イケメンに褒められるとますますいいではないか!
「あれ~、あれれ~」
大きい扇の扱いが初めての編集者Kがすったもんだしている。私もベリーでファンベールを扱っていなかったら、急には無理だっただろう。日本舞踊とかやってたことがある人なら、結構できるかもだ。
しかし、太極拳で扇を使うのは、武術的な要素が入ってくるから激しい。のちに講演会でプロの演技も見たが、扇、剣など使って舞う太極拳は、舞踊に見せかけて相手を打つこともできそうなスリルに満ちている。
イッチーも気合いが一瞬でも入ると、先生として柔らかに居る存在感とは別人のオーラを放つから、タダモンではないことがバレてしまう。素人が習う場合でも、その早い動きと「気合い」を身に付けることで、なんか「違う自分との出会い」ができるような気がする。
精神的にも肉体的にもだんだん強くなる自分。一時間のクラスでも、気分スッキリ効果が極めて高い太極拳だ。漢方茶も飲みつつ、イケメンの指導のもと心身を鍛え上げる。しかも銀座の一等地で。なんちゅうラグジュアリーなアンチエイジングや。
私はその後、世界最高レベルの演武も見に行ったし、銀座のTAICHI STUDIOにしばらく通った。いろんなクラスがあり、美人でモデルもやってる先生の「ヘルスクラス」、イッチーの「メンタルクラス」も受けてみた。
体幹を鍛え上げて、不必要な力は抜き、「見る」ではなく「聴く」太極拳。二人組で押したり引いたりする「推手(すいしゅ)」では、相手の押しを交わす動きを身に付ける。イッチーの「メンタルクラス」にたまたま中国人の女性講師が来ていて、組ませてもらったのだが、お茶目な先生で、できるようになってくると不意打ちをかけられるのだ。
「へ?!」
驚いて構えると、
「できてる、できてる」
と笑う。刈り上げ、メガネの、男前の先生であった。日本語は片言だが、体で覚えさせるやり方か。
「ん!?」
「アハハハハハ」
と、何度も不意打ちをかけられ、構えた。でもなんかこれ、もしかして続けてたら、私、戦えるじゃん・・・・・・。腹の奥に、ふつふつと自信が込み上げる。暴漢に襲われたって、かわせられるかも。夫の精神的暴力にも、「戦わずして、勝つ」みたいな・・・・・・。
おお、武道の極意は、「己に克つ!!」。そういうことなのだなと、大してやってもいないくせに、分かった風な著者であった。
しかし実際、クラスに参加している方の中には、一度は杖を使わなきゃ歩けなかったのに太極拳をやるようになって普通に歩けるようになったという人も。
「右手も痺れてたんだけど、ほら」
と、普通に動くようになった手を見せてくれた。私はその方と組ませていただいたのだが、すごく上手くて驚いた。
「もう太極拳、長いんですか?」
と聞くと、
「ええ、毎日じゃないけどね。スワイソ―ぐらいは毎日家でもやってるけど」
スワイソ―は太極拳の準備体操だが、両手を体に巻き付けるようにぶらんぶらんするものだ。
「これだけでも随分体調が良くなるからね。私、仕事がパソコンだから」
「私も!」
確かにこれをして、肩回り、リンパの集まっている脇の下の血行が良くなるだけでも、代謝が上がるはずだ。
中国四千年の健康法には、人が生きて行く上での叡智が隠されている。老師・孫建明来日三十周年記念公演には、全国から生徒さんが駆けつけていた。若い先生方のパワフルな演武もさることながら、その師匠たちの中心に立って太極拳を披露した孫氏は、素人目から見ても、凄かった。
なんだか、孫氏の周りにふわ~っと、あたたかいキラキラした風が吹いているのだ。それがきっと「気」なのだろうと思った。私は思い出した。二十五年前の映画『推手』を。アン・リー監督のデビュー作だが、短絡的なアメリカ文化と、長い歴史に育まれた中国文化の対比が面白く、そして切なく描かれている。
太極拳の奥深い世界に触れるもよし、エクササイズとしてのTAICHIを気軽に楽しむもよし。TAICHIセラピーで固まった体をほぐしてもらうもよし。どのみち、更年期を難なく過ごすのに、これもまた強い味方になるに違いない。
撮影/小山志麻
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