【教えていただいたのは】
よしの女性診療所院長。 一般企業での勤務経験を経て、帝京大学医学部を卒業。更年期世代の心の悩みに寄り添う親身な診察に定評がある。女性の健康啓発に力を入れているほか、LGBTQ当事者に性知識を伝える講演活動も行う。『40歳からの女性のからだと気持ちの不安をなくす本』(永岡書店)など、著書多数。
心身の不調を相談できる「かかりつけの婦人科医」を持つことが大事
これまでに妊娠・出産経験がない人の場合、乳がん・子宮がん検診を受ける以外は、婦人科と縁がなかったという人も少なくないでしょう。そのため、つらい症状が現れてから、慌てて婦人科に駆け込むケースが多いのです。
「更年期の自覚がない人も、月経周期が乱れ始めたら『更年期の入り口』に入ったサイン。まずはこのタイミングで婦人科を受診することをおすすめします。また、心身の不調がいくつもあると、どこで診てもらうべき?と迷ってしまいがちですが、そんなときは婦人科を受診して、更年期の症状なのかどうか診断してもらうといいでしょう。
更年期症状であれば、ホルモン補充療法や漢方の処方によって症状が楽になることが多いのですが、ときにはほかの病気が隠れているケースもあります。不調の原因が更年期によるものか、ほかの病気なのかを婦人科医が鑑別し、必要に応じて心療内科や内科、整形外科など、他科を紹介するケースもあるんですよ」(吉野一枝先生)
受診先の婦人科を探す際、最初は友だちの口コミやネットの更年期の記事などを見て探すとよいかもしれません。ただし、医師と患者にも「相性が合う・合わない」があります。友人がすすめる先生があなたと合わないケースもあるため、まずはクリニックを2~3カ所くらいピックアップして、実際に診察を受けてみましょう。
「『自分とは合わないな』と思ったときは何人かあたってみて、ドクター・ショッピングするのもいいと思いますよ。その際、更年期のことをきちんと診てくれるクリニックを選ぶのがポイント。ちなみに、うちのクリニックには親子で通う人たちもいます。自分のかかりつけの婦人科に、お母さんが娘さんを連れて行ってあげるといいですね。初経が来たタイミングで婦人科につながるのは、女性の一生の健康維持にとても大切なこと。ぜひマイ婦人科を持ってほしいと思います」
介護疲れはメンタル不調に陥りやすい。親の介護度に合わせたサポートを受けよう
吉野先生によれば、メンタル不調を訴えて受診する女性たちの話を聞くと、〈よい娘〉であろうと、介護に手をかけて頑張りすぎている人が少なくないのだそう。
「例えば、仕事を休んで親の通院に付き添ったり、入浴介助をしたり、親から一日に10回以上も鬼のようにかかってくる電話に対応してヘトヘトという人がいます。通院の付き添いはヘルパーさんにお願いして、お風呂は訪問入浴サービスを申し込めばいいし、仕事中は電話に出なければいいんです。『もっと人の手を借りなさいよ。そんなに〈いい娘〉にならなくてもいいんだよ』と、患者さんたちには伝えているのですが、これまでずっと〈よい子〉で来ちゃった人は、『自分のことを後回しにしてでも、親のことを』となってしまう。人に任せることができないんですよ」
介護を一人で担っている人はオーバーワークになりがち。「他人を家に入れると親が嫌がるから」というのを言い訳にしないで、ヘルパーさんやデイ・サービス、訪問入浴サービスを利用するなど、親の介護度に応じた介護保険サービスをどんどん利用しましょう。早めに施設の情報を集めて、入居の予約を検討するなど、セーフティネットの準備をしておくと、いざというときの助けになります。
「施設に入れたら死んでやる!」と大騒ぎしていた80代のお母さんが、急な入院を経て介護付き老人ホームに入居したところ、今ではとても楽しく暮らしているというエピソードもあるのだそうです。自宅で50代の娘さんが介護しているときには、双方がイライラして怒鳴り合っていましたが、施設に入居したところ、お母さんには同世代のお友だちができて、あっという間に新しい環境に順応できたのだとか。介護の負担が軽減されたことで、更年期の娘さんのメンタル症状もよくなり、介護のプロの手を借りることで結果オーライとなったケースです。
「更年期というのは、これまでこらえてきた体と心の不調が爆発してしまう時期。頑張りすぎるとメンタル不調をこじらせやすいんです。親を施設に入れたら、他人にどう思われるか?と気にするよりも、介護のプロの手を借りて、自分の健康を守るほうが建設的ですよ」
パワハラ、モラハラは一人で抱え込まないで相談しよう
ホットフラッシュと動悸の相談で受診した女性が「電車に乗っていたら、急に息苦しくなって途中下車したんです。それ以来、駅と駅の間が長い電車に乗るのが怖いんです」と、吉野先生にポツリともらしました。「電車の中で、また苦しくなったらどうしよう?」と不安になり、会社に行けなくなってしまったのだそうです。
このケースでは、職場で上司からパワハラを受けた経験が背景にありました。更年期はエストロゲンの減少によって自律神経が乱れ、動悸を起こしやすくなることがあります。でも、時には、自律神経の乱れとメンタル不調が一緒になって、パニック障害を引き起こすケースもあるのです。
「最近は社内にパワハラやモラハラの相談窓口を設置する企業が増えてきましたから、患者さんたちには『一人で我慢しないで相談するように』とすすめています。勤務先が小規模な個人経営のオフィスの場合は社内に相談できる窓口がないため、各都道府県労働局にある総合労働相談コーナーや、労働基準監督署に相談するのもありです。自分のメンタルを守るためにも、場合によっては、転職を検討するほうがよいケースもあります」
また、コロナ禍以降、メンタル不調が長引いている人たちの背景に、パートナーのDVやモラハラが隠れているケースが増えています。パートナーの顔色をうかがって生活するうちに、更年期の体の不調が重症化してうつ状態になり、倦怠感、気力の低下、動悸、不眠など、メンタル不調をこじらせてしまうのです。
「『パートナーが家にいると動悸が止まらなくなる』という人もいるんですよ。たとえ暴力をふるわなくても、言葉で恫喝するのはDVです。私の診療所ではDV被害者の支援団体なども紹介していますし、警察や弁護士に相談することをすすめるケースもあります。パワハラ、モラハラ、DVが背景にある場合は専門機関に相談してほしいと思います」
イラスト/内藤しなこ 取材・文/大石久恵