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横森理香 連載「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン1 終わらない春 第5回 私たちは色づく葉

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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「とうとう書くときが来たか」。従妹の亜希が急逝したことをきっかけに、自分の死を意識しだした佐知。エンディングノートを、アマゾンでポチった・・・・・・一見、幸せそうに見える大人女子も、実はセツナイ内情があるもの。横森先生がお届けする、乾いた心を癒すマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香 小説 mist

第5回 私たちは色づく葉

 

十一月に入り、季節は一気に冬となった。つい最近まであたたかく、雨が続いてじとじとしていたので、急激な乾燥と冷気に体が驚いていた。朝起きると、指先が冷えて痺れている。布団の中でしばらく手首足首を動かしてからでないと起きられなかった。

 

五十一で閉経を迎え、三年が経つ。ぎっくり腰も二度やったし、へバーデン結節なるものも体験した。長年の翻訳業で、目は飛蚊症。網膜裂孔になったら手術を余儀なくされるので、一年に一回の眼底検査は欠かせない。

去年の春には、パソコンを叩く右手の中指が突然痛くなり、飛び込んだ近所の整形外科で、それはへバーデン結節だと告げられた。

 

「加齢によるものなんでね、治療法はないんです。関節を守ってくれたジェルが少なくなって、骨と骨が当たって炎症を起こすんです。あまり使わないようにして、休ませてあげて」

 

処方されたのは、炎症を抑える塗り薬と、血行を良くするビタミンBだけだった。佐知は右手の中指を休ませるため、人差し指でキーボードを叩くことにし、マウスは左手で持った。

二週間ぐらいで指の痛みは引いたが、今度は左の肩コリがひどくなった。マウスを操作するだけで、こんなにも体がガタが来るのか。

 

あーあ、昔は人生五十年って言ったもんな。もう、あんま働けないのかも・・・。

 

ふと弱気になる佐知だったが、仕事机が向かう窓から、色づいた木々が遠くに見えた。黄色の銀杏、真っ赤に染まった桜の葉や楓。色づく木の葉は美しく、まるで私たちみたいだなと、佐知は心を震わせるのだった。

 

 

女性はもちろん、若かりし頃が一番美しい。花が開くように、急激に美しくなる時期がある。モテ期とよく言われるが、花に群がる蝶のように、いや、街灯に群がる蛾のように、男たちが寄って来る。

女性ホルモンの量と、フェロモンの量は、正比例なんだな・・・。

佐知は自分自身の「今」を噛みしめた。仕事をしているのもあって、容姿はまだまだイケている。まるで紅葉のピークのように、ちゃんとメイクをしてお洒落をすると、自分でも美しいと思う。しかし、内情は散々たるものだった。

 

 

大昔に根幹治療をした歯がとうとう折れ、支柱にグラスファイバーを入れ再建してもらった。その様子はまるで、一度倒れた老木を、支えをつけて立て直したようだった。もはや自分は、散る寸前の紅葉なのだ。

 

しかしそんな状態になるのが、「今」で良かった、とも思った。夫とはもう十年セックスレスだし、夫の鼾が原因で寝室も別。家の中でもソーシャルディスタンスを取っているから、口の中の状態がどうであれ、関係なかった。

ハグしたりキスしたり、誰かと濃厚接触したいという気持ちがある時期だったら、この治療はさぞかし辛かっただろう。再度折れないように金属で裏打ちされた歯を、見る者は誰もいない。

 

表からはいつもの綺麗な歯の状態を保っているから、佐知は自分を保てた。たまに通訳の仕事もあるから、容姿は大切だった。

 

イラスト/原知恵子

 

落ち葉が散り始めた十一月の終わり、亜希の納骨式があった。コロナ感染拡大がますます深刻になっていたので、叔母と母、亜希の夫の康と息子の康介、そして佐知という最小限の身内で済ませた。

美しかった紅葉は、今はほとんど散っていた。でも、まだ地面には、色とりどりの落ち葉が積もっていた。佐知は、散った落ち葉も風情があるなと、亜希の死を受け入れられるようになっていた。

 

死んだ直後は、どうにかしてあげられなかったのかと、自分や家族を責めたりもしたが、あれはあれなりに幸せだったのではないかと思えるようになったのだ。好きなことをして、死んだのだから。自分の価値観を誰しもに押し付けるのは良くない。人それぞれ生き方も違うのだから・・・。

 

 

佐知は亜希の死後、自分自身の人生も振り返るようになっていた。エンディングノートをつけるにあたって、過去のアルバムをひも解いてみたのだ。デジタルの時代になる以前は、すべてプリントだったから、その量は膨大だった。

 

若かりし頃、英語が好きで諦めきれず、一度就職した会社をやめてイギリスに語学留学をした。帰国後外資系企業に就職し、そこで知り合った夫と結婚したのである。

夫は日本人だが、やはり海外留学をしていたからか、女性が働き続けることを良しとしていた。出産と同時に退社したが、その後もずうっと、フリーランスで翻訳と通訳の仕事を続けている。

子育てをしながら仕事を続けるのは大変なこともあったが、好きなことをやめないことが、佐知のモチベーションを上げた。やる気が出るので、大変なことも喜びになったのだ。

 

 

コロナで外国人が来なくなり、会議通訳もなく暇だった。国際契約書関連の翻訳も減っているから、時間は余るほどあった。リモートワークの夫と娘は朝食後、

「行って来まーす」

と言って自室に入る。佐知も家のことを済ませたら、昼の支度まで自室に籠った。家族の誰にも見られたくない写真は、自室クロ―ゼットの奥にしまってある。そっとそれを取りだし、仕事をしているふりをして、過去の思い出に浸った。

 

「おっちゃん・・・」

かつての恋人と、酔っぱらって戯れている写真を見て、佐知は懐かしく呼びかけた。

 

これまでのお話は、こちらで読むことができます。

次回は、4月8日公開予定です。お楽しみに。

 

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