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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン1 終わらない春 第9話 大人女子のロマンスはどこに?

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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在宅勤務が続き、もう1年ちかく家族とだけ過ごしている。オンラインだと会議も疲れると、夫は愚痴も漏らせば屁も漏らす。娘は皮肉を言うようになってきた。家の中に「意地悪」といういやぁなムードが漂っていると感じる佐知だった・・・・・・大人女子のセツナイ内情を描く、横森先生が届けるマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香 小説 mist

第9話 大人女子のロマンスはどこに?

 

最後に恋心を感じたのはいつのことだろうかと、佐知は考えた。まだ生理があった四十代の頃は、実践には至らなかったが、心で思う人がいた。一人は今の家を買う際に会った不動産屋の男。夫は仕事で忙しかったため、佐知が一人で物件探しをしていたのだ。

その男は、不動産屋にしてはなんだかおもしろい感じの男だった。趣味でサーフィンをしていて、元彼女はヨガの先生だったと言っていた。小さい不動産屋を友人と営んでおり、社長は俺で、ダチが副社長。二人で佐知の事務所にやって来た。

 

その頃は、自宅マンションの近くに佐知は仕事部屋を借りていた。子供が大きくなるにつれ、個室がある一軒家に移ろうとしていたのだ。その選択は正しかったと今、思う。コロナ禍においてはなおさら、それぞれの居場所がある一軒家はありがたい巣だ。

 

打ち合わせに来たはずなのにその男とマブダチの副社長は、二時間も話し込んでいった。不動産の話じゃなく、個人的なおしゃべりで盛り上がってしまったのだ。挙句、ソファにお財布を忘れて行ってしまった。

「やっだー、私が悪い人だったらどうしたんだろ」

佐知は呆れた。念のため中を確かめたが、宅建の証明書と免許証を確認して、怪しい人物ではないなと安堵した。すぐ電話をして取りに来てもらったが、副社長だったことにがっかりした。佐知は、彼に会いたかったのだ。

 

三十代前半の男だった。佐知より七つか八つ年下だったが、なんとなくお互い、ビビビとくるものがあったのだ。こういう勘は、若い頃からするどいタイプだった。年齢や住む世界は関係ない。男と女、相性がいい相手とは、出会った途端に、エネルギーが絡み合うのだ。まるで、オーラに絡みつく、薔薇の蔓みたいに。

 

しかしその頃、娘の花梨はまだ小学生。芸能人なら、夫と別れて連れ子で再婚したかもしれなかったが、佐知は普通の人だった。娘はもとより、夫だって大切な家族だ。傷つけたくはない。それに・・・。
あーんなちっこい不動産屋やってて、お客の部屋に財布忘れて行くような男、ダメダメじゃん。折しも時はリーマンショック後の不景気で、つぶれる会社はたくさんあった。

 

 

佐知は、子供の幸せと、安定した収入のある大手外資系企業に勤める夫を取った。もっと若い頃なら、後先考えずに手を出したかも知れなかったのだが、保身を最優先して、色欲は滅却する理性を持つ年齢になっていた。
相手もそのことをよく分かっていて、一緒に不動産巡りをした楽しい思い出を胸に、一言もその件については触れず、別れた。

 

土地を購入し、契約を交わして、紹介された建築事務所に彼の車で連れてってもらったのが最後だ。彼は深々と頭を下げ、
「ありがとうございました。奥様」
と言った。「奥様」と言うことで、自分の心にもけじめをつけたのだろう。

 

 

誰にも話せない未消化の恋心を従姉の亜希に話した。すると亜紀は、
「いやいや、何千万円もの土地を売るためだったら、気があるふりもするよ、不動産屋は」
と、一笑に付した。その笑顔の奥に、バカなこと言ってんじゃないわよ、子供まだ小さいじゃん・・・。と言いたげな厳しい顏を垣間見た佐知は、年上の従姉に従って、その恋はなかったことにしたのだ。

 

 

もう一人、五十を前にして、恋した男がいた。それは、生理前の大出血でてんやわんやだった頃。佐知は重度の貧血になって、その治療に新宿の大学病院に通っていた。
子宮を全摘するか、鉄剤の投与をしながら閉経を待つかの二者択一だったが、佐知は温存する方を取った。

佐知はなぜだか、子宮がなくなるのが嫌だったのだ。もう、セックスをする可能性もないし、もちろん妊娠する機会もないだろうけど、子宮を取ったら自分が女でなくなってしまうような気がして怖かった。

形だけでも取っておきたいというのは、女心なのだろう。佐知は女性ホルモンを止める薬というのを注射して、鉄剤の静脈注射も打ちながら、閉経まで何年も、持ちこたえたのだ。

 

そのドクターも、三十代の男だった。大学病院勤務の三十代は過重労働で、病院に泊まることも多いという。そのむさ苦しさが佐知の胸にグッと来た。男の色気は、三十代がピークなのだろうか。
まだ若く、女を愛する力がある男たち。大人になったばかりの初々しさと、惚れっぽさも兼ね備えている。独身で、仕事に夢中。いつも疲れていて、診察で佐知に会うと嬉しそうだった。その輝くような笑顔を、今も忘れない。

 

 

内診するときも彼は、大股開いた佐知の膝小僧に、やさしく手を触れていたのだ。夫とセックスレスになってから、もう何年も男性に触れられたことのない佐知だったから、膝小僧だけでも、ありがたかった。
男に愛されることで、女は自分の体を慈しむようになる。佐知は膝小僧と肘小僧のスクラブをマメにするようになった。診察の時、先生が触れてつるっつるになるように。

その婦人科に通う何年かの間、佐知は恋をしていた。もし、夫と離婚して彼と結婚することになったら・・・。なんて想像しては楽しんでいたのだ。

「でもなぁ、病院に泊まってばっかりで、寂しいかもな。花梨だってパパと二人じゃ可哀想だし・・・」
と実行には至らなかったが。

 

 

しかし、誰かを思う気持ちが佐知を女にしてくれた。セックスをしなくなって何年もたっていたが、好きな男を思って自慰行為に至ることもあった。それは、はたしてまだ濡れるのか、乳首やクリトリスは立つのかと、確認するようなものだったが、誰かを思い気持ち良くなれること自体が、尊かった。

 

大学病院に何年か通ううち、めでたく閉経を迎え、貧血も見事に治った。三カ月に一度の経過観察が半年に一度になり、一年に一度になった。そのうち、佐知の恋心も薄れ、何時間も待って五分診療を受ける気力もなくなってしまった。
婦人科検診は、区から診察割引券が送られてくる二年に一度、近所の指定クリニックに通っている。

イラスト/原知恵子

 

これまでのお話しはこちらでどうぞ。

次回は、5月6日配信予定です。

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