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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン2 コロナ同棲 第6話 救いの船

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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離婚が成立し、家のローンをひとりで支払い始めた美穂の生活はいつもカツカツだった。心も体も不調が続く中、同僚、菅野君がリモートワーク用に部屋を探しているという。「うちで良かったら一部屋空いてますけど」と気軽に声をかけてみたが・・・・・・大人女子のセツナイ内情を描く、横森先生がお届けする~mist~をどうぞ。

横森理香 コロナ同棲

第6話 救いの船

 

菅野君、未婚で五十まで実家住まいって、どんだけ貯金あるんだんだろう・・・。

 

下見に来た菅野に色々と身辺調査をした結果、美穂は思った。これは、救いの船だと。

自分の人生にあっぷあっぷして溺れそうになっていた美穂に、神様が助け舟を出してくれたのだ。

 

経済状態も心身の具合もここまで悪くなると、コロナ以前にいつ死んでもおかしくないようなありさまだった。よく自殺もせず、ここまで生き延びたものだと、自分自身を褒めてあげたいぐらいだった。しかし・・・。

あまたのメガネ君の中に、こんな財宝が眠っていたとは!!

 

菅野君は、間借りするのに一カ月八万円支払ってくれるという。それは美穂のローン返済額の半分だった。

「そんなにいいんですか?」

と驚く美穂に、

「敷金とか礼金とか支払わず、逆に申し訳ないぐらいです」

と菅野君は言った。

 

「でも今、お洒落なシェアハウスとか、シェアオフィスあるじゃないですか?そういうところのが、もっとお安いのでは?」

「ああいうところは若い人たちが行くところですよ。僕なんかが行っても浮くだけだし、ここの方が落ち着きます」

いーじゃん、いーじゃん、菅野君。これまであまり知らなかった人物像だが、紳士だしいい人だった。服装なども他のSEに比べてきちんとしている。きっといい家の息子さんなんだろうな・・・。

 

 

ただし、美穂には清算しなければいけないことがあった。それは、週一でやりに来るセフレとの関係だった。体の相性がいいので捨てがたいものはあったが、月八万円くれるルームメイトには変えられなかった。

ルームメイトができれば、自堕落な生活とはオサラバできるはずだし、何より、孤独から解放される。それが何よりありがたいことだった。性欲はきっと、閉経とともになくなるはずだ。美穂はもともと生理もまばらで、最近ではほとんど来なくなっていた。

 

「でもま、別れ話をするのもめんどうだし、ナニゲで断り続ければ向こうも諦めるか・・・」

リモートワークが続き、同じ会社でも社員が顏を合わせることが滅多になくなっていたから、そもそも秘密の関係など、元々ないも同然だろう。

 

 

「実家に年老いた両親がいるので、ここには泊まりませんが、邪魔にならない程度の荷物を運ばせていただきます」

と菅野君は言い、仕事道具を五月雨式に運び始めた。その真摯な態度に、いちいち美穂はときめいた。

元夫に、まるで汚いもののような扱いを受けていたので、たとえそれが大家としてだとしても、大切に扱われている気がしたのだ。

 

夫が荷物を運び出したあと、がらんとしていた部屋も、素敵に生まれ変わった。

菅野君は綺麗好きで、インテリアのセンスも良かった。やはりこの年まで独り者というのは、こだわりの人なんだなと、美穂は思った。

 

「あの、ご迷惑でなければ共有部分のお掃除もしますが・・・」

「え、いいんですか?」

嬉しそうに言う美穂に、菅野君は苦笑した。

「僕、きれい好きなんで」

 

食事はお互い気にせず、それぞれ好きな時に好きなものを食べることになっていた。しかししばらくするうち、菅野君が、

「キッチン使っていいですか??  毎日弁当ばかりだと体に悪いので・・・。良かったら伊藤さんのぶんも作りましょうか?」

と言い始めた。

「ええー、いいんですかぁ?!」

「いいですよ。一人分作るのも、二人分作るのも同じですからね」

「え、でもそしたら、材料費をお支払しなくては・・・」

と美穂が言うと、

「あ、それは結構です。料理をするとなると、光熱費とか水道代とか、色々かかってきますから」と言う。

なんて気のいい男だろうと、美穂は感心するのだった。

 

「え、でもそしたら、私のお酒、飲んでください。冷蔵庫にビールも冷えてますから」

「見ました見ました、微アルですね。僕も好きです。ランチタイムにちょうどいい。いただきます」

 

ニッコリと笑う菅野君は、メガネの下の細い目が可愛らしかった。美穂は心が浮き立つのだった。菅野君は優しい。別にもう、性的関係も婚姻関係もいらない。

寂しくないように、誰かがそばにいてくれれば・・・。

 

 

その時、ピロリんと、スマホが鳴った。

 

スマホの待機画面をちらりと見ると、ラインが入っていた。

「今日出社してる。今から行っていい?」

ずっと既読スルーをしていたら、諦めるかと思いきや・・・。

「・・・・」

美穂は、お昼のガパオライスを作っている菅野君から離れ、自室で返信した。

「今、家にいないよー。病院来てる」

 

菅野君にばれないか、なぜかドキドキしている。

 

「え、どこか悪いの?」

「ひどい片頭痛と肩こりでさ。倦怠感もすごいから、精密検査してる」

嘘も方便だ。実は菅野君が現れてから、体調は徐々に回復していた。

「そうなんだ。大丈夫??」

「大丈夫じゃなくても、あんたにゃ関係ないでしょ」

と言いたかったが、やめた。

 

「うん、先週薬もらったらちょっと良くなったけど、念のためね」

「分かった。じゃ、元気になったらラインして」

 

美穂は「了解です!」のスタンプを送って、スマホの電源を切った。

 

横森理香 小説

イラスト/ナガノチサト

 

◆次回は。7月27(火)公開予定です。お楽しみに。

◆これまでのお話はこちらからどうぞ。

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