第2話 気に入らない娘
馴染の中華料理店は、目黒通り沿いにあった。佐知の家からは車で10分ぐらいだ。美味しい中華料理をつまみに紹興酒でも飲みたいところだが、夫が飲む場合は、運転手として飲まずにいねばならない。
でもま、姑としてお手本を見せるためには、酒は飲まないことにしておいた方がいいか・・・佐知は心の中で、自分を律した。
「さー、なんにする?」
円卓に着き、夫が意気揚々とメニューを広げる。
「私あれ食べたい。プリっぷりのエビ入ってる、細長い春巻き」
「お、いいね。じゃ、人数分頼むか。一人一本食いたいよな」
「それとあれ、とろっとろの冬瓜スープ」
「いいね」
二人はまだ来てなかった。佐知はたびたび、入り口付近を見てそわそわしていた。
息子の久志は東急線沿線に住んでいるから、都立大学駅から歩いてくるだろう。
どんな娘なんだろう。きれいな子だったらいいな・・・。
「さっちゃんは何にする?」
心ここにあらずの佐知に、夫が聞く。
「私これ、新ザーサイの冷菜」
あー、これをつまみに生ビールきゅうっと飲みたいところだが、今日はあきらめるか・・・。久しぶりの外食だというのに、佐知は我慢を強いられた。
「お飲み物はナンになさいますか?」
中国なまりの日本語で店員がオーダーを取りに来た。
「あ、生ビール。大きいので」
夫が嬉しそうに言う。
「私、あたたかいジャスミンティで」
「私も」
娘の花梨はソーバー・キュリアスという最先端のライフスタイルを身に着けていて、リモートワークになってから酒をやめた。
「あー、これ食いたいな、久しぶりだから」
夫がメニューを指さす。
「あ、イイネ!! ナスと牛肉の土鍋炊き」
佐知はこのアツアツとろとろの一品が大好きだった。
「青菜とホタテの炒め物は?」
娘はペスカトリアンなので、肉は食べない。
「いいねイイネ」
ったく、誰に似たんだよ、めんどくさい女、と思いながら、
「海鮮焼きそばも食べない?」
と娘に寄せた。
「はい、じゃあ、ザーサイの冷菜だろ、エビの春巻き、ナスと牛肉の・・・」
夫が注文を読み上げているところに、ぬうっと久志が現れた。
「久しぶり」
相変わらず地味でひょろい息子のうしろに、これまた地味ぃな女がついてきた。
「石川佳恵さん」
息子が紹介する。また、名前も地味だわー、佐知はあきれた。
「初めまして」
息子に椅子を引かれて、その娘も着席した。
席順が偶然、佐知の真横だ。
くそっ、真正面で、たっぷり観察したかったのに・・・佐知はマスクの中で、下唇を噛んだ。
家族で食事に出ても、本当に食べるとき以外は、マスクをしていた。
佳恵は、背も中ぐらい、太っても痩せてもなく、おしゃれでもダサくもない。特にこれといって目立った特徴のない、普通の娘だった。
しかし、マスクに隠された顔からは、芯の強さ、みたいなものがにじみ出ていた。
「なんか食べたいものあったら、なんでも頼みなさい」
ケチな夫が、いいところを見せようと、メニューを渡した。
佳恵は会釈をしてから、メニューを見もせず久志に渡す。
抜け目ない女だ、と、佐知は思った。素直に食べたいものを注文すれば可愛いものが・・・。
「俺、特大餃子と、チャーハン食べたい」
久志が少年時代とおんなじものを選んだ。
くー、可愛い!! 佐知は身もだえた。やっぱり男の子は可愛い。
「久志もビール飲むだろ」
「うん」
「佳恵さんは?」
夫が聞くと、
「私はあたたかいお茶で」
と遠慮する。
けっ、可愛くねー女。
佐知はどんどん、この嫁になるであろう娘が、嫌いになっていくのだった。
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◆次回は、8月18日(木)公開予定です。お楽しみに。