第1話 二年ぶりのプチ大人女子会
2021年の年末、瞳の家には、二年ぶりにおひとりさま仲間が集まっていた。
12月には感染者数が激減し、東京都も一桁を切っていたからだ。
しかし独り者だと思っていた仲間にも、この二年のうちに男ができていた。
同じマンションに住む不幸の塊のような女だった美穂は入籍し、幸せいっぱいだ。
コロナは人をどん底にも突き落とすし、希望も見せてくれる。再婚相手の実家は世田谷にあり、敷地が広いので離れを新居にして住んでいる。
「わぁ、懐かしいなぁ。まだ二階に自分のうちがあると思っちゃうよ」
わずか数カ月の事だが、かつて住んでいたマンションの瞳の部屋に訪れた美穂は、そうつぶやいた。
「このレトロなマンション、好きだったんだけどね」
「またまた、売っちゃって良かったよ。ろくな思い出ないでしょ?」
前夫との悔しい想い出、ペットロス、一人で寂しかった時代、セフレとの擦り切れるような関係・・・。
そんなろくでもない想い出が詰まった部屋など、取っておかなくていい。断捨離断捨離、大人女子には断捨離が必要だ。
「あ、これお土産」
そう言って、美穂は保冷バッグを差し出した。
「お義母さんの実家が富山でさ、親戚がたくさん送ってくれるのよ」
「うわ、大好き! 富山のぐるぐる巻きカマボコ」
保冷バッグから取り出して、瞳は言った。昆布で巻いてあるカマボコは、縁起物としても名高い。
「赤いのもあんじゃん」
「そう、お正月用だね」
お祝い用に、赤く染めた生地で巻いてあるものもあった。
「ちょうどよかった。私、日本酒持ってきたよ」
一升瓶を苦も無く運んできた、桂子が言う。桂子も猫飼いで食いしん坊。大柄でぽっちゃりだ。リモートワークと自粛生活でさらに大きくなっていた。
「あら素敵、磯自慢じゃないの」
酒飲みの美穂は目ざとい。
「これ静岡の名酒。生産数が少ないから、東京じゃなかなか手に入らないやつ」
「知ってた? 私、静岡で試飲して、美味しくて驚いちゃってさ、みんなにも飲ませたくて買ってきたんだよ」
「え、静岡行ったの? 温泉でも?」
事情を知らない美穂が聞いた。
「もしかしてインド人?」
瞳が突っ込んだ。桂子とも会うのは二年ぶりだが、ときどきライン電話でお喋りしているのだ。桂子は自粛生活中にハマったオンラインパーティで知り合った、二十歳も年下のインド人と、リモート恋愛していた。
「会ったんだねー、リアルで」
「そうなの」
「で、どうだった?」
「なんか、シュッとしてかっこよかったよ。画面上だと顔だけだから、濃いぃけどね。立つと背が高くて、顔小さいの」
「えー、写真ある?」
「あるよ」
「見たい見たい!」
美穂が大騒ぎするので、桂子はスマホをさらさらスクロールして、静岡で撮ったツーショットを見せた。
「ホントだ」
「いまどきの若者じゃん」
その若者は、日本に留学してそのまま就職したコンピュータープログラマーで、静岡に五年住んでいた。当然、理系の眼鏡君でダサださだと思っていた瞳は驚いた。
前髪は金髪に染められ、ジーンズにパーカーで、ビアスまでしていた。
「でしょー? 私も驚いたんだよ」
静岡城をバックに、二人で自撮りしたその写真は、手前の桂子がパーンと白飛びしている。後ろの浅黒い若者との対比で、ただでさえ色白ぽっちゃりの桂子は、さらに膨らんで見えた。
「なんか親子に見えない? 申し訳なくて・・・」
「いや、見えない見えないw」
「え、名前なんていうの?」
美穂は興味津々だ。
「サッチャブラータ」
「なに? まず名前が覚えらんない」
「でしょう? だから私も、さっちゃんって呼んでるんだけど」
「なにそれウケる!」
久しぶりに、みんなで笑った。
大人女子たちが近況を報告し合って笑い合うのも、実に二年ぶりだった。
「さあさあ、話はあとにして、まず乾杯しよう」
瞳が切り子の二号徳利に日本酒を入れ、色んな猪口の入った籠を出した。
これを取り出すのも二年ぶりだ。
「わぁ、可愛い! 私これにする」
美穂がウサギの絵が付いた小さい白いお猪口を選んだ。
「ウサ子に似てる」
美穂はウサギを飼っていたのだ。そのウサギが死んだことが、離婚のきっかけだった。しかし今はペットロスからも離婚からも立ち直り、明るい。
「じゃ私、これ」
桂子が蓮の花の描いてある猪口を選んだ。それは大振りで、むしろ湯呑と言っていい。
「でかくね?」
「へへ、大盛でね♡」
瞳は猫の絵が入ったお猪口を選んだ。
家には保護猫四匹がゴロゴロしているというのに、猫グッズも枚挙にいとまない。
「はい、じゃ、カマボコつまみに」
富山の昆布巻きカマボコを切って、瞳が差し出した。
「うわ、なんか、縁起いい感じ」
「でしょ?」
「はい乾杯」
「かんぱーい♡」
三人とも、久しぶりのプチ大人女子会に胸を膨らませていた。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、3月17日(木)公開予定です。お楽しみに。
★初沢亜利さんの写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」は、こちらからどうぞ。