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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン5 大人女子の恋愛事情 第4話 愛に臆病な瞳

作家・横森理香の連載小説「mist」シーズン5は、コロナ禍の東京を切り取った、初沢亜利氏の話題の写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」とコラボレーション。久々の大人女子会で、桂子のインド人の彼の話題で盛り上がる瞳、美穂、桂子。3人は、天ぷらと蕎麦を食べながら、幸せな年の瀬を迎えていた。

初沢亜利

撮影/初沢亜利 写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」より

第4話 愛に臆病な瞳

 

 

年が明け、変異したウィルスはまたたくまに蔓延した。新しいウィルス、オミクロン株は、うつりやすく重症化はしずらいとかで、蔓延防止措置は取られたものの、緊急事態宣言は出されなかった。

 

「にしても、二万人超えはすごいわー」

瞳はケンちゃんに言った。正月休みで人が動いたからか、それとも、長引く自粛生活で人々がもう我慢の限界を超えたのか、感染者数が増え始めるとまたたくまに、東京都は連日二万人越えとなった。

 

「また誰にも会えなくなっちゃったし、出歩けなくなっちゃった。六義園も明日から閉園だってよ。上野動物園の赤ちゃんパンダにも会えないし・・・」

「だからもう、俺と家族になればいいじゃん。な?」

「しつこいっ」

瞳は休みの日、ケンちゃんちのお茶屋を手伝っていた。

といっても、客はほとんど来ないから、ケンちゃんとお茶してるだけだが。

「だいたいさー、私だって無症状で持ってるかもしんないんだから、お母さんにうつせないよ」

 

瞳はオミクロン禍になってから、ケンちゃんの家は訪ねてなかった。父親の施設も、一時は面会が可能になったが、また面会禁止となっていた。ラインで面会しても、いつもすっとぼけたことを言うだけだが。

「ケンちゃんちなんかまだ、お母さんボケてないだけいいよ。毎回毎回、ほう、瞳さんって言うの、可愛い名前だねぇ。なんて言われてみ?」

「確かに、それ辛いわ。ん、この煮物んまい!!

「でしょー? コチュジャン入れて、韓国風にしたんだ」

瞳はケンちゃんにおかずを届けていた。

お母さんもだんだん料理できなくなってきたと言うから、当座煮やつまみになるものをタッパに入れてあげていたのだ。

 

 

「瞳の料理に俺、完全に胃袋つかまれてるよ。うまい飯食わせてくれるだけでいいから、一緒んなろう、な」

ケンちゃんも最近は、素面でも恥ずかしげもなくプロポーズするようになった。慣れって怖い、と、瞳は思う。

「でもさー、実際そうすると、猫どうすんの? 三匹はいいかもしんないけど、一匹エイズだから隔離しておかなきゃなんないんだよ?」

「大丈夫だよ。死んだオヤジの部屋、物置になってるから片づければ猫部屋にできる。その、なんだっけ?」

「リジョンヒョク氏」

「それ」

 

ありがたいお話だが、ケンちゃんちは下町の典型的な古い木造住宅だった。

冬は寒そうだし、長年港区女子としてマンション暮らしをしてきた瞳が、そこで満足な暮らしをできるとは思えなかった。

 

「猫もひっくるめて面倒見るよ」

ケンちゃんは男らしく言う。

「面倒見てもらうのはそっちでしょ?

 と瞳も負けない。

「たははは」

とケンちゃんは頭を掻いた。

脳天薄くなってはいるが、白髪は少ないのがチャームポイントだ。

 

「でもさ、ほら、破れ鍋にとじ蓋とか、昔から言うじゃん」

「馬には乗ってみよ、人にはそうてみよ、とかね・・・う~ん」

 瞳は腕組みをして、考えあぐねた。

「う~ん、とか言うな。ったくよ」

「へへっ」

 ケンちゃんといると楽しい。気が合うのは確かだった。

 

 

しかし、ケンちゃんの事が男として好きかといったら、それはもはや分からなかった。

瞳は四十代で子宮全摘したから、早めに閉経を迎えた。女性ホルモンが出なくなってからは、まったくその気にならなくなってしまった。

 

ケンちゃんにはその話もしたのだが、

「俺だって同じだよ。酒の飲み過ぎで、もうとっくに使いモンにならなくなっちゃってるから」

と笑いながら言った。

「一緒にいてくれるだけでいい」

と真顔で言われ、面倒なのだが嬉しくないわけでもない。

 

 

瞳は、ケンちゃんと付き合い始めてから、コロナ禍でほったらかしにしていた白髪を染めた。12月に入り感染者数も激減していたし、久しぶりに美容院に行ったのだ。新しい洋服と靴も買った。それは、我ながらシェール主演の映画「月の輝く夜に」のようだった。

 

女は何歳になっても、男に求められると華やぐのだと、我が身をもって知る瞳だった。肉体的に求められなくてもいいし、もちろんそれも望まなくなった。むしろ求められたら、生理的に無理だ。

 

ケンちゃんはその辺が、サラッとしていていやらしくなかった。オジサンでも、性欲が強い人はいやらしいものだが、ケンちゃんはまるで、小学生の頃のケンちゃんと変わらない。休みになると、

「暇だから遊ぼうぜ」

とラインしてくる。

「子供か?」

瞳は一人ごちる。

 「今日仕事?」

「うん、お仕事。次のお休み明後日だから、店行くよ」

 

 

相手が外国人でも若くもない場合、キスもハグもないのだが、それが心地よかった。

瞳はケンちゃんと、クリスマスを過ごした。

それは久しぶりに、猫以外の誰かと過ごした、クリスマスイヴだった。

 

「瞳、クリスマスってどうしてる?」

 と聞かれたから、

「特に予定ないよ」

と答えた。

「そうなんだ、いつものメンバーで集まるかと思った」

「いんにゃ、年末に集まることになってる」

「そうなんだ、ならどっか飯食いに行かね?」

 と誘われたが、

「うちに来ればいいじゃん」

と提案したのだ。

 

自粛生活で胃が小さくなったのか、それとも年齢的に消化力が衰えたのか、外食をすると瞳はお腹を壊すようになってしまっていた。

 

「クリスマスディナー作るよ」

 ケンちゃんはバカみたいに、

「いいのか? いいんだな?」

と念を押した。

 

 

◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。

◆次回は、3月29日(火)公開予定です。お楽しみに。

 

★初沢亜利さんの写真集「東京 二〇二〇、二〇二一。」は、こちらからどうぞ。

 

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