第5話 大人のクリスマスイブ
「ったく、生娘でもあるまいし、いいも悪いもないっつーの」
と思い出し笑いしながら、瞳はミントソースのラムを焼き、マッシュポテトや蒸し野菜を作り、クリスマス用の特別な皿を出した。久しぶりにクリスマスプディングも作って、年代物のクロバジェを開けた。
「はぁ、いい香り・・・」
母親が生きていた頃から、ずっと食器棚の中に飾られていたブランデーだ。ホットブランデーにするため、丁子(ちょうじ)も買っておいた。
いつもは一人でテーブルセッティングをし、写真を撮ってインスタに上げるのだが、今回は二人分のクリスマスセッティングをした。それをインスタに上げるのは恥ずかしいので、一人分だけいつも通りに上げた。
「いい年こいて、恥ずかしがることもないんだが・・・」
と言いながら。
柊がプリントされたクリスマス用のテーブルクロスをかけ、センターにもみの木で囲まれた赤いクリスマスキャンドルを飾った。
コロナ以前は大人女子会となっていたが、今年はなんと、男がくる。
ケンちゃんだって、男のはしくれだ。
「メリークリスマス!」
ケンちゃんは、驚いたことに深紅の薔薇のブーケを買ってきた。
それも、二十本ほど束になっている、大きい花束だ。受け取ると、ずっしりと重い。
「え、ありがとう・・・」
柄にもなく瞳はちょっと照れた。
「おい、照れるなよ。気持ちわりぃなぁ」
「だってこんなにたくさん、高かったでしょう?」
「気にすんな、地元商店街の花屋だ」
「『小春』? 結構いい薔薇置いてんね~」
「バーカ、取り寄せに決まってんだろ」
しかし、ケンちゃんも変わった男だと瞳は思った。普通、オジサンともなると若い女が好きだろうし、大人女子でも美魔女系の、痩せてて美しい女を選ぶだろうに・・・。
「ほい、シャンパン」
渡されたシャンパンも、瞳の好きなモエシャンドンのロゼだった。
「え~、嬉しい!! 私これ大好きなんだ」
「知ってるよ。いつもレモンチューハイはお口に合わなくってよ、って言ってんじゃん。モエのロゼじゃなきゃって」
「えー、そんなこと言った?」
「飲み会のたんび、口癖みたいに言ってるよ。みんな飽きれてるぜ。どの口が言ってんだよって」
瞳は休みの日が合えば、地元商店街の商店主が集まる「昼から呑み」に参加していた。昼から乾きものつまみにレモンチューハイを飲む会だが、ケンちゃんのおひとりさま仲間がメンバーだ。その中で紅一点の瞳は、お恥ずかしながらアイドルだった。
「腐っても鯛」
とか、
「瞳だって女のはしくれだ」
とか、失礼なことをビシバシ言われていたが、腐っても鯛の男たちに囃され、瞳も嬉しくないわけでもなかった。
瞳は久しぶりにバカラのシャンパングラスを出した。
食器棚の中でただの飾りとなっていたものを、取り出して磨く。
もう一度、誰かとこれを使う日が来るなんて夢のようだ。相手はケンちゃんだけど。腐っても鯛。
「へえ、こいつが何って?」
ケンちゃんは窓際のカウンターにゴロゴロしている、猫たちの頭を一匹ずつ撫でた。
「それがミント」
「なんか毛足長いな」
「そうなの。なんか混じってんじゃない?」
「ハーフか、へー」
「でその隣がブンちゃん。菅原文太に似てない?」
「おー、似てる似てる」
ケンちゃんは嬉しそうだ。
小さい頃は猫飼ってたとか言っていた。
「でその横のちっこいのが小梅」
「へえ、抱いても大丈夫かな」
「大丈夫だよ。小梅おとなしいから」
ケンちゃんは小梅をそっと抱き上げ、
「はーい、お父ちゃんですよ~」
と言った。
「おい・・・」
まだ結婚するとは言ってない。
と、瞳は心の中で言った。
「で、そのエイズ猫は?」
小梅を降ろし、ケンちゃんが聞いた。
「あ、こっちこっち」
瞳はリジョンヒョク氏の部屋を案内した。そこには白黒の、前髪パッツンみたいな柄の、ゴツゴツした猫がいた。
「これかぁ・・・別に病気でもなさそうだがな」
「そうなの。ただ他の猫とは一緒にできないだけ」
「そっかぁ。ま、こいつはオヤジの部屋だな」
「だからまだ・・・」
「へへへ」
瞳は、ったく、とつぶやきながら、テーブルにグラスを置き、ワインクーラーにモエを入れた。それから、
「はい、ここ座って」
と、正面に東京タワーが見える特等席にケンちゃんを座らせた。
「おお、東京タワー、今日はクリスマスカラーだな」
「そうなの」
いつもは自分が座っているが、それはケンちゃんへのクリスマスプレゼントだった。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、3月31日(木)公開予定です。お楽しみに。