第6話 亜希の一周忌
式場は押さえた。両家だけといっても引き出物ぐらい準備せねば。つまらない娘を連れて衣装合わせにも行かねばならず、佐知はてんやわんやだった。
そんな時、大好きだった従姉・亜希の一周忌があった。
母と佐知、叔母の弘江、亜希の夫の靖、息子の康介、そして、葬式には来てなかった亜希の弟、健太がいた。その節は濃厚接触者になっていたとかで、自宅待機期間だったのだ。
墓参りと法事を済ませ、寺近くの割烹料理屋で、叔母の弘江が愚痴り始めた。
「でも寂しいわよねぇ。せっかくだのに、花嫁姿も見せてくれないなんて・・・」
「ごめん、おばちゃん。向こうのお母さん、市立病院の婦長さんでね。高齢者は呼ばないほうがいいって」
佐知の母親も声を揃えた。
「んなこといったって、私ら現にこうやって、今だって集まってるじゃないか。六人が二人増えたって八人だよ。そのくらい平気なんじゃないの?」
おお、まだ頭は確かだ、と佐知は安堵の息を漏らした。が・・・。
「いや、人数の問題じゃなくて・・・」
佐知の言葉を遮るようにして、弘江が言った。
「亜希が果たせなかった夢をさっちゃんが果たしてくれるんだから、私らにも幸せのお裾分けをしてもらいたいってもんだよ」
亜希は、決まってもいない息子の結婚式に着ていく留袖を作って、着る機会もなく他界してしまった。息子のできちゃった結婚を夢見、楽しみにしていたのに。
「分かった分かったおばちゃん、動画撮ってきて見せてあげるから」
「そんなもんじゃなくて、あたしゃこの目で見たいんだよ。冥途の土産と思って見せてくれたっていいじゃないか」
「冥途の土産なんておばちゃん・・・まだまだ元気じゃないの。春には子供も生まれるからさ。お宮参りの時にでも、ね」
お宮参り、食い初め、女の子だったらひな祭り、初めての誕生日やクリスマス。あ、そうだ、ハロウィンにはディズニープリンセスのドレスを着せて・・・。結婚式以降にも、楽しいイベントが盛りだくさんだった。
「ったく嫌な世の中だよね。年寄りから楽しみを取り上げてさ。これからの人はいいかもわかんないけど、私らこれじゃあ、死ねないよっ」
娘の死を悼むこともなく、弘江は文句を言い続けた。
「ごめんね、さっちゃん、最近ばあちゃん、愚痴っぽいんだ」
康介が手を合わせる。
「いいよ、いいよ。私だって文句の一つも言いたいぐらいなんだからさ」
すると、普段は口も利かない亜希の夫・靖が話に割り込んできた。
「コロナ禍で地味婚する輩が増えてるんですよ。うちの部下たちも、リモートにかこつけて、勝手に入籍しましたって、事後報告なんですから」
面白くなさそうだ。年寄はみな、これからの人たちの門出を、自分のことのように祝いたいのだ。ハレの舞台を、味わいたいのだ。そういう機会が、長引くコロナ禍で激減していた。
しばらく会わないうちに、母も叔母も、靖も老け込んだ気がする。そして驚いたことに亜希の弟、健太が、最初は誰だか分からないほど、年を取っていた。
「け、健太だよね?」
「そーよ、さっちゃん、お久しぶりぃ」
相変わらずのオネエっぷりだった。親族にカミングアウトはしていないものの、あえて隠すような態度も取っていなかった。
「あんた、老けたわねぇ」
佐知も健太としゃべると、なぜかダミ声になってしまう。
「ふふっ、さっちゃんも。もう正真正銘のおばあちゃんね」
「それなー」
「でもさ、みんななけなしのハレの日を楽しみにしてるのに、残念ね」
「そーなのよ、最近の子は地味なのね。禁欲的というか・・・」
「でも子供だけは作るんだから、怖いわー」
話題は久志のできちゃった婚に集中してしまい、亜希の一周忌は、結婚式に呼ばれない年寄の愚痴で終わった。
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◆次回は、9月1日(木)公開予定です。お楽しみに。