第7話 結婚式は誰のため?
結局、法事の席でごり押しされ、佐知も酒が入った勢いで、母と叔母を久志の結婚式に招待することにしてしまった。
「ほんとごめん!! 二人とも久志の嫁を一目見なきゃ死ねないとか言っちゃって」
佐知は久志と佳恵に手を合わせた。二人は、
「仕方ないよね」
「うん」
と地味に了解した。
顔合わせをして以来、二人は毎週末室井家にやってきて、結婚式の打合せをすると同時に、夕飯を食べていた。もちろん、毎週末近所の飲食店から出前か、テイクアウトだ。
「そしたら、会食なしで、というのはどう? 時間長くなるし、飲食が一番感染しやすいわけだからさ」
花梨が口を挟んだ。
「え、でも、年寄りが横浜からわざわざ東京出てきて、お洒落もするわけだから、食事もさせないで帰すわけにはいかないわよ」
すると、花梨が身もふたもないことを言う。
「そしたら、お式と写真撮影が終わったら、二手に分かれて簡単な食事をするのはどう? 佳恵さんのお母さんとうちら、おばあちゃんと大おばちゃんとパパとお母さんって感じで。四人ずつならまだ安心じゃない?」
リクライニングソファでくつろいでいた夫が飛び起きた。
「おまえ、バカ言ってんじゃないよ、結婚式だぞ。一堂に会して食事してこそだろう」
「えー、じゃパパ、おばあちゃんと大おばちゃんがコロナになっちゃったらどうするの? ブレイクスルー感染だってするかもしれないし、変異ウィルスも・・・」
「やめてください」
佳恵が初めて静かに声を上げた。
「家族の諍いは、胎教に良くないから・・・」
そう言ってお腹を撫でている。
久志も佳恵の背中を撫でていた。
「ごめんごめん、そうだよね」
佐知はまた手を合わせた。
「こんなのは喧嘩のうちに入らんよ。ただの家族会話だっ」
夫は憤りを抑えきれない様子だ。
「みんな心配だろうけど、会食をするお部屋は貸し切りで広々してるし、ちゃんとパーテーションもつけてくれてるから安心よ」
佐知はiPadをスクロールして、館内にある料亭の、個室の写真を見せた。
「わぁ、素敵ね」
花梨が言う。
「でしょ? お庭も見えるのよ。夜はライトアップされてるし、十一月末には紅葉がピークを迎えるはず」
「これならソーシャルディスタンスもたっぷりだし、年寄りも安心だ」
夫が、自分はなんにもやってないのに、自信たっぷりで言った。
「衣装は色打掛から、ウェディングドレスにお色直しすることにしたの。ドレスは胸元でリボン結びになってる、おなかに楽なやつ。ほら」
画面をスクロールして、ドレスをみなに見せた。
「わあ、佳恵さん似合いそう」
「でしょ? 衣装合わせしたけど、似合ってたわよねぇ」
佳恵はうっすらと微笑んだ。
本当は、ちっとも似合っていなかったのだが、ここは馬子にも衣裳。
当日ヘアメイクをプロにやってもらえば、それなりに見えるはずだ。
佐知は、まるで自分事のように、100%の完成度を目指して、式の準備をしていた。三日前までに自分と、母と叔母の留袖、花梨の振袖を式場に届けておいて、当日昼過ぎには着付け室に入る。ヘアメイクも全員分頼んでおいた。
夫のモーニングと佳恵の母親の貸衣装も、新郎新婦のものと一緒に頼んでおいた。着物を持っていないというので、一人だけ見劣りしては可哀そうだと、気を利かせたつもりだ。
夜遅く、高齢者を横浜まで帰すわけにはいかないから、併設するホテルに部屋を取った。
支払いは全て、夫付けだ。
ここは、ふだん横柄な態度で家族を踏みつけにしているぶん、男気を見せてもらおうということで。夫も普段はケチケチだが、冠婚葬祭については太っ腹だった。むしろ、それらすべてが賄える自分に、誇りを感じているようでもあった。
刻一刻と、その日は迫っていた。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、9月6日(火)公開予定です。お楽しみに。