第8話 長男の結婚式
2021年11月19日の昼過ぎ。
都内結婚式場の美容室に、叔母の弘江と佐知の母、佐知と花梨が並んでいた。
鏡の向こう側には、嫁の佳恵とその母親もいる。
何人かの美容師が慣れた手つきで髪と顔を仕上げていく中、まず先に入っていた佳恵から仕上がった。
「わ、きれい✨ 佳恵さん化粧映えするわねぇ」
佐知は思わず言ってしまったが、花梨に鏡越しに睨まれた。
それって、化粧しなきゃブスって言ってるようなモンじゃね? とでも言いだけだ。
「はい、じゃ、花嫁さん着付け入ります」
佳恵は奥の着付け室に連れていかれた。
入れ替わりに、着付け室からモーニング姿の夫と、紋付羽織袴の息子が出てきた。
「久志、カッコイイ!」
佐知はもう泣きそうだ。
あの、ちいさかった息子が、こんなに立派になって・・・。
夫のモーニング姿も悪くない。二人とも誇らしげな顔をしている。
コロナ禍で先行き色々な不安はあるが、晴れてこの日を迎えられて良かったと、佐知は胸をなでおろした。
佳恵の色打掛着付けが終わり、撮影に出た。
「佳恵さん、きれいよ~」
介添人のおばさんに裾を持たれ、美容室を出ていく佳恵を、一堂はほれぼれと眺めた。
「馬子にも衣装とはよく言ったもんだねぇ」
「ほんとだよ、拝めて良かった」
叔母と母も嬉しそうだ。
結婚式は、やはり二人のためだけのものではなく、家族の思い出作りのためにあるのだと、佐知は思った。
館内写真スタジオにて数枚、日本庭園で数枚、写真撮影は進む。
十一月の終わり、紅葉が美しい庭園にて、
「はい、じゃあ、お好きなポーズを取ってください」
とカメラマンに言われても、久志と佳恵はもじもじとうまく動けない。
この日のトワイライトウェディングは二組いて、もう一組のカップルは、新郎がキックのポーズを決めたり、新婦が着物姿でジャンプしたりしていた。
五月雨式にヘアメイクと着付けが仕上がり、家族が次々に出てきた。
とっくに仕上がっていた佐知の夫は、そうそうに表のカフェテーブルで生ビールを飲みながら、撮影の様子を見ていた。
佐知がその隣に座ると、
「おおっ、誰かと思った」
と失礼なことを言う。
ふん、私だって、ちゃんとお仕度すれば、まだまだきれいなんだから、と、佐知は勝ち誇った気分になった。
「お飲み物はなんになさいますか?」
初老のウェイターがやってきた。
「シャンパンを、グラスで」
「かしこまりました」
運ばれたグラスの泡越し、美しい庭園の夕景に、新郎新婦の姿が浮かび上がる。佐知はこれまでの苦労が、すべて洗い流されるような気持ちだった。
それは二人へのお祝いというよりむしろ、我慢、我慢の二年間、なんとか心身の健康を保ち、生き延びてきた自分への、ご褒美だった。
「はい、ではみなさんお揃いになってください。ご家族での撮影となります」
髪を結い、留袖を着た叔母と母も、久しぶりに美しい。振袖を着た花梨も、ふだんのにくったらしさを忘れるほど可憐である。
そして佳恵の母も、ちゃんとすれば案外きれいなんじゃないかしら、と思えた。
全員がドレスアップして、一堂に会す。人数は最小限だが、ここに叔母と母を呼べたことが、何より嬉しかった。亡くなった従姉への、いい弔いにもなった。
「亜希の夢を、さっちゃんが果たすんじゃないか」
叔母の言葉が蘇る。佳恵のおなかの中には新しい命が宿っているのだ。
こうやって、命は繰り返される。
佐知は目頭を押さえた。
神殿にて短い挙式のあと、一堂は館内料亭の個室に移動した。
「あら、きれいだわねぇ、紅葉が」
ライトアップされた紅葉が正面に見える席に、叔母と母を座らせた。二人には、もしかしたら最後の祝宴となるかもしれないからだった。
花梨はどうにも早くは結婚しそうにもないし、八十代になると急激に老化が進むと聞いている。冥途の土産ではないにしても、ボケる前に味合わせてあげたかった。
「わぁ、素敵!」
新郎新婦がお色直しをして登場した。
和装もいいが、洋装はまた、初々しい二人にぴったりだった。
佐知のお仕着せだが、純白のフロックコートに身を包んだ久志は、プリンスさながら。
「久志カッコイイよ~」
母が涙ぐむ。
ふんわりとしたレースのウェディングドレスに身を包む佳恵も、我が娘のように愛おしく感じる、佐知であった。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、9月8日(木)公開予定です。お楽しみに。