篠田節子さんの『介護のうしろから「がん」が来た!』は、最近読んだどんなミステリーよりハラハラさせられ、“他人事じゃない感”もダントツだった介護&闘病エッセイ。
篠田さんと言えば、保険会社に勤めるOLたちが人生を切り開く姿を描いた『女たちのジハード』で直木賞を受賞した、多彩な作風で知られる実力派作家。
私が最近読んだのはミステリータッチの『鏡の背面』、現代の世相を辛口&ユーモラスに描いた『肖像彫刻家』の2冊ですが、どちらもぐいぐい引き込まれ、改めて「さすが!」との思いを強くしたところでした。その2冊が、こんな激動の日々の中で手がけられていたなんて……。
『介護のうしろから「がん」が来た!』は50回にわたるウェブ連載をまとめたものですが、当時から私は愛読というか、続きが気になって気になって。
主に前半は篠田さんご自身の乳がん発覚から術後まで、後半は術後の経過と認知症のお母様の様子(母と向き合い20余年だとか!)がつづられていますが、毎回正解のない問題、つまり当事者が腹をくくって選択するしかない問題が起きるのです。
ただ、篠田さんはきわめて客観性にすぐれた女性。
「……(篠田さんの夫は)問題発生、課題形成、解決策立案、実行、のプロセスが根っからしみついた元公務員でもある。そのあたりはどうも似たもの夫婦のようだ」
「これ以上、バタバタするのはもう疲れた、自分の母親だもの最後は私が看るしかないのよね、仕事辞めて介護に専念するからもういい、という覚悟を装った自己憐憫は趣味では無い。リサーチと行動あるのみ。ダメなら次の手を考えればいい」
というのが基本姿勢。
加えて作家ならではの取材魂、そして大局を見る目も持ちあわせていることが、読むうちにしっかりと伝わってきます。
篠田さんの乳がんの手術は成功しましたが、認知症でも足腰口が達者なお母様は、入所していた老人保健施設で他の入居者への攻撃的言動を始めてしまいます。
そのため居場所を移さなければならなくなるのですが、他にもかなりの頻度でトイレに行きたがる(トイレがない場所でも!)など、対応が難しいさまざまな症状が。
「わたしならどうする?」と頭を抱えてしまいましたが、肝が据わった篠田さんは違います。
打てる手を打ったら、「母がまだ老健にいる今しか時間はないかも」「最後の祭りだ!」という勢いで海外(パラオ)へ旅立つのです。ちなみに篠田さんは、乳がんの手術後25日で以前から計画していたバンコク旅行も決行しています。
世の中に闘病や介護の本は山のようにありますが、これほど具体的で精神に活を入れてくれてくれ、なおかつ“読ませる”本はなかなかないのでは。不謹慎な言い方かもしれませんが、読み物としてものすごく面白いのです。
短期の記憶が残らない認知症だからとお母様に平気で嘘をついたり、乳がんの手術後しばらくして「右だけが、叶恭子になっている」と驚いたりする場面では思わず吹き出したくらい。
今回、書籍化されたものを改めて読み返しながら「この言葉は大事!」「この知識は覚えておこう!」と思ったところに付箋を貼っていったらものすごい数になりましたが、読後しみじみこみ上げてきたのは「持つべきものは長年の友」という思いでした。
同じような悩みを抱えている同年代の友人たちは情報をいっぱい持っているし、友情が続いている人なら互いの価値観がわかっているからアドバイスが的外れにならない。
言い方にしても、身内より他人のほうがちょうどいい距離感を保てるのかも、と。
なかでも「さすが」と思ったのが、篠田さんの先輩作家・小池真理子さん。
時折彼女とのやりとりが出てきますが、小池さんのアドバイスや言葉かけが的確というか、あっぱれ!というか。人間力ってこういうところで表れるんですね。
お母様が新たな局面を迎えたところでこのエッセイは終わりますが、多分現在も山あり谷ありの日々が続いていることでしょう。
そこで思い出したのが篠田さんの直木賞受賞作のタイトル。
『女たちのジハード』のジハードとは聖戦のことですが、篠田さんの日常がまさに聖戦だとつくづく思いました。