〔子どもたちが独立した後、夫とともに長年暮らした一軒家から新築のマンションへと住み替えた柳井尚子さん。新居のダイニングコーナーは、ルイス・ポールセンのペンダントライトがアクセントに。テーブルと椅子、ソファなど家具は冨士ファニチアのもの〕
断捨離。
今や誰もが耳にしたことがある、世の中に広く浸透している言葉です。
モノを捨てる、片づけるという意味で使われているケースをよくみます。
でも本来断捨離とは、単にモノを減らすだけのメソッドではなく、モノと自分の関係性を通して自分を探求していく行動哲学です。
目の前のモノと向きあい、「今の自分に必要なのか、不要なのか」「なりたい自分に相応しいのか、相応しくないのか」「快いのか、快くないのか」など自分に問いかけ、手元に残すモノを絞りこんでいく。
それを繰り返すことで、本来の自分を取り戻すのです。
断捨離をすると家という空間が変わるだけではなく、暮らしの質が変わり、ひいては自分自身も変わっていきます。
そういうと「そんな、大げさな」と思う方もいるかもしれませんが、本当です。
まず暮らしに起きる変化でいえば、家事が楽になります。
掃除がしやすくなり、食事の支度も片づけもスムーズに行えるようになります。
探しものに時間を使うことも、すでに家にいくつもあるものをうっかりまた買ってしまったなんてこともなくなります。
〔リビングのインテリアはまずこの和箪笥の置き場所を決め、そこからほかの家具の配置を考えたそう。「岩谷堂箪笥製ですが、実はいただきもの。数年前、知り合いが家を建て替えたとき、〝新居の雰囲気にこの箪笥が合わなくて、家族から処分しろと言われているの。でも気に入っていて捨てるのはしのびないから、あなたにもらって欲しい〟と頼まれて、引き受けたんです」。ところが、その後「断捨離提唱者やましたひでこの自宅にも岩谷堂箪笥があることを知り、 一気にこの箪笥を見る目が変わりました(笑)。使い方、活かし方は自分でいかようにもできるのだとわかり、私も活かしてみたい!と思いました」〕
〔箪笥の引き出し上段:アクセサリーと爪切りや体温計など、日常使う細々したものをしまってある。中段:帯など着物を着るときに使うものを。下段:お子さんの成長を記録したDVDやビデオはここに。「どれを残すかは家族と話し合って決めました」〕
家事が楽になれば、自分の気持ちが変わってきます。
モノが少なければ家事にとられる時間やエネルギーが大幅に減り、余裕ができるため、何よりイライラすることがなくなるので機嫌がよくなります。
家にごきげんな人がいれば、仕事や学校から帰宅したほかの家族にもそれは伝わります。
すると以前より家庭の雰囲気が明るくなったり、家族仲がよくなったりといううれしい変化も。
また断捨離でモノを管理しやすい量まで絞り込めば、出しやすくしまいやすくなるので、自然と家族も以前ほど散らかさなくなったり、自ら片づけるようになっていくのです。
〔行儀良く並んだキッチンツール。いつ誰がキッチンに立っても、使いたいものがすぐ見つけられる。カラーは好きなイエローとグリーンで。メーカーはNANKICHI(現在は取り扱いなし)〕
〔キッチンのシンク背面にある戸棚。上段:懐中電灯や予備の乾電池、シニアグラス、耳かきなどを。下段:食品のストックを収納〕
〔「食品はストックをもたない、というのが基本。なのであるのは海苔とお茶、お土産でいただいた海外の調味料、これで全部です」。右側にあるのは家電の取扱説明書で、その隣がペーパーナプキン、コースター。「いつも見ているので何がどこにあるのか、全部把握しています」〕
〔この連載の担当編集者がお宅にうかがったとき、エプロンが見あたらないので尋ねると、「ここです。冷蔵庫と棚の間」。よく見ると、たしかに棚と同じ茶色のエプロンがありました。「使わないときはマグネットフックに吊るし、一日使ったら交換して洗濯します」〕
そうなれば、ますますその家の主婦(主夫)の負担は減り、楽になった分、趣味やお出かけにと自分のために時間や体力を使えるようになります。
前からやってみたかったことに思い切って挑戦したり、行ってみたかった場所へ旅をしたり。
人によってはそれがきっかけで何かを学び始めたり、新たな友人ができたりと人生がより豊かなものに変わることもあるでしょう。
しかも断捨離という行為自体にお金はかかりません。
収納グッズを買う必要すらないのです。
私の場合は、モノを手放していくうちに、自分の中の固定観念や思い込みも手放せるようになり、ついには終の棲家と思って建て、21年間暮らしたこだわりの一軒家から、コンパクトなマンション暮らしへとライフスタイルを変えることとなりました。
これは私にとって大きなこと。
「きっとこの家でこのまま年をとって、おばあさんになっていくんだ」となんとなく思っていた(思い込んでいた)人生の景色がガラリと変わったのです。
住み替えを経験した今感じているのは「人生って何が起きるかわからないから面白いんだ」ということ。
〔100㎡の一戸建てから70㎡の集合住宅へ引っ越すにあたっては、モノを絞り込んで減らし、ソファやダイニングテーブルなど、主な家具は新調。その際「長く使うこと」は考慮せず、「軽くて動かしやすく、掃除がしやすいこと」を基準にセレクト。ソファと丸テーブルはウッド部分がウォールナット。「手で触ったときの感触と美しい曲線が気に入りました。ソファはとても軽いので、動かすのが楽。今回、座面はファブリックにしましたが、革に張り替えることもできるそうなので、のちのちそれも楽しみです」〕
〔リビングの壁、床、天井のカラーはマンションのモデルルームを参考にした。「湿気とにおい対策に、壁の1面だけエコカラットに。他の部屋もそうしてあります」。飾り棚には夫がベトナムに赴任していたときにもらった縁起物の龍の銀細工や、気に入っているお皿をディスプレイ。「飾る器は気分によって替えていて、飾って目で愉しむだけではなく、実際に使ってもいます」〕
〔棚の下段にはテーブルクロスやひな人形、家族が集まったときに遊ぶボードゲームを収納〕
新居では前の家にはなかった自分のワークスペースを設けました。
「家事室」でも「自分の部屋」でもなく、「ワークスペース」です!
「あったらいいな」と思い描いていたことを実現させることができました。
〔デスクと椅子はバルバーニ社製。「デスクの天板は幅50センチ。これ以上の幅だと椅子が置けず、でもこれより小さいと使いづらいので、私にとってベストの幅です」。棚はマンションの施工中、建設会社に依頼し、オプションでつけてもらった。「一カ所に仕事に必要なもの全てがあることで、効率が上がりました。また途中でちょっと席を外すときも、そのたびにいちいち片づけなくても済みます」。正面突き当たりの棚上段からは、虹の橋を渡った愛犬クララちゃんの写真が柳井さんを見守っている。その下にあるパステルカラーの本のようなものは「家族の写真を入れたアルバムです。写真の断捨離をしている途中でして、現在この8冊までようやく整理したところです」。一番下のシルバーのカゴバッグは「大分県在住のダンシャリアン(※断捨離実践者のこと)則子さんからいただいたもの。夏にぴったりなので、外出時に愛用しています」〕
この部屋では断捨離トレーナーとしての仕事、事務仕事だけではなく動画の撮影やオンラインレッスンまで仕事に関することは何でもこなします。
1.8 畳という狭さですが、その狭さが私にはちょうどよいのです。
パソコン、プリンター、事務用品、書類など必要なものが使いやすいよう配置されているので、〝取り出しやすく、しまいやすく、尚且つ美しい〟状態をキープできるし、何よりこの部屋に入ると、それまで家事をこなしていた主婦としての自分から、仕事人としての自分へスッと気持ちが切り替えられます。
これも家を住み替えたからこそ得られたこと。
もちろん気になることがなかったわけではありません。
仲良くしてくれたご近所のみなさんと離れること。
一軒家の住宅ローンはあと少しで終わる予定だったのですが、マンションを購入するなら再びローンを組まないといけないこと。
住み替えを検討するにあたり、このふたつが頭をよぎりました。
でも住み替えを決意し動き始めたら、ワクワクすることのほうがたくさん。
〔写真上:ベランダからは府中の中心街を望める。「この眺めも購入を決めたポイント。またテラスが広いことも気に入っています」写真下:フラワーアレンジメント歴20年以上の柳井さん。季節や気分に応じて活ける花々は、柳井家のインテリアの主役のひとつ。お花の向こうには府中競馬場が。「競馬場から上がる花火が見えるんですよ、もうとてもきれいでした」。これも住み替えたからこそ知った楽しみ〕
マンションの購入から引き渡しまで1年半の期間があったので、その間に内装業者に壁紙や床板、照明の位置などを相談し、最新のシステムキッチンのカタログを熟読し、家具やカーテンを選んで……そうしているうちに新しくなるのは家だけではなく、人生も新たなフェーズに入ったんだと新鮮な気持ちになりました。
引っ越しにあたっては、これからどう暮らしていきたいのかイメージしながら、未来(新居)に持っていきたいモノを厳選したのですが、その作業はあらためて過去の自分を振り返る過程になりました。
ひとつひとつのモノを手にとり、選別していたら「この家で暮らしていた21年間、楽しかったことも大変だったこともあったけど、母として妻として私は精一杯やった。さぁ、これからの人生は夫とふたりで思う存分楽しむぞー!」と思ったのです。
これも断捨離を学んだからこそ。
そうそう、私はこのたび住み替えた新居のマンションを「終の棲家」とは呼びません。
なぜかというと、この先また私や夫の気持ち、生活スタイルが変わる可能性だってあるから。
自分のお気に入りだけに囲まれた、心地のよい空間。
そんな家は人生のベースキャンプです。
そしてそのベースキャンプは、断捨離を知っていれば、いつでもどこでも自分の力でつくることができる。
今の私にはその自信があるのです。
だから、「終の棲家」という言葉で自分と家を縛ることはもうしません。
断捨離は加点法。
行動した自分を褒め、認めるのです。
何かのため、誰かのためではなく、本当の自分を発見するための手段です。
まずは引き出しひとつ、またはお財布の中から断捨離してみませんか。
もしくは床に落ちている髪の毛一本を拾うのでもいいのです。
断捨離はどんな小さなことからでもOK!
そもそも「大きい」も「小さい」も自分が決めること。
そしていつからでも始められます。
断捨離にとりかかるのに遅いも早いもありません。
やってみようと思ったそのときが、始めどき。
私は今58歳。
自分や周囲の同世代の方をみていて、50代は人生の転換期だと感じさせられることがたびたびあります。
夫の定年や子どもの成長で家族の関係性が変わり、それに戸惑ったり寂しさを感じたり。
または親の介護、更年期特有の心身の不調といったそれまで直面しなかった問題に悩んだり、困惑したり。
50代の抱えている荷物は人それぞれですが、断捨離を知って身軽になっていただきたいと思うのです。
【お話を伺った方】
1965年大分県生まれ。高校卒業後進学のため上京し、保健師に。25歳で結婚、40歳まで専業主婦に。子育てが一段落した40歳のとき仕事に復帰。働きながら学び、50歳のときには保育士の資格も取得。51歳で断捨離と出会い、53歳で断捨離トレーナーになる。現在自宅でランチ付きのレッスン会を開催するほか、個人宅の断捨離サポートも行っている
※断捨離はやましたひでこさんの登録商標です