「追悼 リサ・ラーソン展」を訪ねて
ライオンや猫の陶製オブジェや、赤と白のシマシマ模様の猫「マイキー」のグッズが大人気のスウェーデンの陶芸家リサ・ラーソンさん。私もリサさんの作品が大好きで、おしゃれな装いやお人柄など、一人の女性としても憧れています。
現在、全国巡回中の「リサ・ラーソン展 知られざる創造の世界―クラシックな名作とともに」 が東京で開催された際ももちろん訪れましたし、1月から3月にかけて東京・代官山のギャラリー「のこぎり」で開催されていた「ゆめのきおく展/リサ・ラーソン」にも足を運び、リサさんの作品や制作風景に触れ、改めて、リサさんの温かい眼差しと強さに惹かれました。
今年は4年半ぶりに北欧へ行くぞ!と決意していたのもあり、展覧会を訪れた後は、リサさんの国、スウェーデンにも行きたい!という気持ちが高まっていました。しかし、それからまもなく3月11日にリサさんが亡くなられたという知らせが日本にも届き、リサさんのファンやアート・デザイン業界に衝撃が走りました。92歳でした。
90歳を超えてもなお、精力的に作品をつくられているということはお聞きしていたので、あまりにも突然のお別れに驚き、もう新しい作品にも、あのチャーミングな笑顔にも会うことはできないのかと思うと、悲しみと寂しさがこみ上げてきます。
©TONKACHI
しばらくぽっかりと穴が空いたような気持ちでしたが、1カ月ほどが経った頃、前述のギャラリー「のこぎり」で追悼展が開催されると聞き、訪れました。
北欧の夏を感じさせるような、5月のさわやかな晴天の日、2階のギャラリーへと続くビルの入口で、リサさんのライオンと、チャーミングなリサさんの写真がプリントされたTシャツが迎えてくれました。
事前に、こちらの追悼展の取材をしたいと連絡すると、ギャラリーを経営し、長年、リサさんとものづくりをしてきた株式会社トンカチの代表、勝木悠香理さんが、リサさんとの思い出を語ってくれました。
勝木 こちらのギャラリー「のこぎり」は2年前に立ち上げましたが、日本ではリサ・ラーソンの展覧会は美術館でたくさん行ってきましたし、現在も巡回しているので、ここでは他の作家の個展ばかりをやっていたんです。リサもいつかと思っていましたが、もう少し先かなと。それが昨年末に急遽「リサ・ラーソンの366日の日めくりカレンダー」を出すことになり、せっかくだから日めくりカレンダーを元に個展をやろうと考え、リサ・ラーソンの「ゆめのきおく展」を開催しました。
勝木 リサとは今年に入ってからも来年の干支シリーズの相談など、オンラインで顔を合わせていましたし、春には会いに行く予定でしたが、展覧会の会期中に、リサが亡くなったという訃報が届いて…。それを知って、たくさんのお客様がギャラリーに足を運んでくださいました。
リサの作品とご自身の思い出を話してくださる方が多く、中には涙ながらに語ってくださる方も。今まで私たちの目線でリサ・ラーソンという人物をご紹介する機会がなかったので、17年間一緒にものづくりをしてきた立場から、リサってこういう人だったんだよっていうのを皆さんにお伝えできたらと、追悼展「私のリサ・ラーソン」を開催することにしました。
展覧会タイトルにある「私」というのは、リサと一緒にものづくりをしてきた、デザイナーの佐々木美香や、私、勝木の意味もありますし、ファンの皆さんそれぞれの「私」という意味も込めています。
会場は、リサさんがおしゃれに着こなしていたという柔道着の展示から始まり、初めてリサさんに会った日の動画も流れていました。意外だったのは、もともとはリサさんと一緒にものづくりをしたくて、コンタクトをとったわけではないということ。
勝木 当時、私と佐々木は、トイカメラの企画、デザインと販売、さらにそのカメラを使って撮影した写真集の出版を手がける会社に勤めていました。長年リサ・ラーソンのファンだった佐々木が、自社製品のおもちゃのような小さなカメラで写真を撮ってもらえませんか?と手紙を書いたことがきっかけでした。
リサは「陶芸家の私に写真の依頼なんて!」と、最初は驚いていましたが、快く引き受けてくれました。結局、その写真集が出版されることはなかったのですが、それがきっかけで交流は続き、しばらくして、会社のアイコン的存在だったハリネズミを、リサに陶器でつくってもらおう!と言ってと頼んだのが、ものづくりの始まりでした。
当時のリサは、スウェーデンでも回顧展をやっているくらいで、新作はほとんど作っていませんでした。私たちがハリネズミの制作をお願いしたら、すぐに「やるわ!」と言ってくれて、あっという間に、サンプルを20個くらい作ってくれたんです。これは会いに行かなくては!と、2人で初めてスウェーデンを訪れました。
20から3つに厳選されたというハリネズミ。リサさんには3人の子どもがいたことや、息子さんが若い頃にモヒカン頭にしていたことなど、3つのハリネズミには、リサさんならではエピソードが込められています。会場では、その制作工程を見ることができます。
ハリネズミをきっかけに、リサさんとトンカチのものづくりのアイディアはどんどん広がっていきました。時に陶芸家の目線では、思いつかない提案をしてリサさんを驚かせたそう。
リサさんの作品といえば陶製のオブジェですが、どんなに気に入っていても持ち歩くことはできません。そこで2人は、「持ち運べるリサ・ラーソン」として、キーホルダーの制作を提案。さらには、お子さんのいる家庭では陶製のオブジェの扱いは慎重で、子どもに触らせないようにしている方も多かったので、それならばと、「抱きしめられるリサ・ラーソン」としてライオンのぬいぐるみを作りました。
もうひとつ、リサさんとトンカチの代表作といえば、シマシマ模様の猫、マイキー。会場には代表的なマイキーのアイテムとともに、マイキーの原型のカードなどお宝資料も展示されています。
勝木 リサから「娘がグラフィックデザイナーだから、何か一緒に仕事をしない?」と言われて、リサの絵がかわいいから、絵本を作ろうという話になって。最初は、いろいろな動物が並んでいたのですが、私たちはマイキーを見たときに「ちょっとふてぶてしくてインパクトのあるこの子を主役にしたい!」と思ったんです。
でもいざ書店に営業に行くと「この猫、怖いから売れないよ」なんて言われたのですが(笑)。実際には、マイキーの人間ぽくて媚びてない姿に惹かれて、手に取ってくださる方が多く、リサ・ラーソンを代表するアイコンになりました。
そしてもう1つ、日本でしか絶対に作れないというのが、波佐見焼や有田焼などの器、会津張子、こけし、手ぬぐい、扇子など、日本の伝統工芸とのコラボレーションです。
勝木 陶器作品は実用的なものではないので、リサはよく「私は無用なものを作っているのよ」と私たちに言っていました。東日本大震災があったときに、日本のために何かしたい!と言ってくれたので、日本の伝統工芸とコラボレーションを提案しました。はしおきやお皿の制作を一緒に行ったところ、「使えるものを作るのは、ずっと私の夢だったらすごくうれしい」と喜んでいました。それを聞いてすごく驚いたのですが、うれしかったですね。その後「JAPANシリーズ」として益子焼のお皿や湯呑み、有田焼の豆皿、美濃焼のソルト&ペッパーなど、さまざまな商品を一緒に作りました。
中でも一番人気は、波佐見焼の干支シリーズです。普段リサが使っているスウェーデンのスタジオとは異なる土を使っているので、波佐見焼の白とブルーの完成をイメージしながら作ってくれました。来年の巳で12年目。今年の1月頃にリサが原型を作ってくれたので、いま制作を進めています。これでようやく干支が十二支そろいます。
会場では、リサさんとの手紙やFAXのやりとり、アトリエや自宅を訪れたときの写真などたっぷり展示。それぞれのエピソードについてコメントも丁寧に添えられています。プライベートなシーンも満載なので、リサさんの暮らしぶりやおもてなしなど、愛情たっぷりの人柄も伝わってきます。ぜひこの機会に展覧会を訪れて。
ギャラリーから徒歩5分のところには、直営店「TONKACHI, 6」があり、リサさんのアイテムをたくさん取り揃えています。そちらもお見逃しなく!
展覧会「私のリサ・ラーソン(追悼 リサ・ラーソン)」
のこぎり(東京都渋谷区猿楽町5-17)
4月12日(金)〜6月3日(日)12:00〜19:00
●休廊日:月・火。平日はWEBサイトより予約が必要。週末・祝日は予約不要。
最後に、お知らせがあります。昨年、ユニットkukkameriの活動で、フィンランドのアーティストをインタビューするウェブマガジン「kukkameri Magazeine」を立ち上げました。
最新記事では、マリメッコのテキスタイルデザイナー、ロッタ・マイヤさんにインタビュー。花をモチーフにしたフラワープリントで人気の彼女に、作品誕生の裏側をお聞きしました。
新谷麻佐子さんの北欧旅連載
『今人気の田園ツーリズム。フィンランド、ラトビア、エストニアに行ってきました!』