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キッチンの壁掛け収納は、災害時に凶器となります

非常時の水のストックや防災食など、防災に取り組もうとすると「買わなきゃ」という物がどんどん出てきます。が、まずは家の中の家具や物の置き方を見直すことが大切。被害を少なくするために“今すぐできる”家の中の工夫について、災害に詳しい国際災害レスキューナースの辻直美さんに伺います。

落ちる・倒れる・動く・飛ぶ。
大きな地震で物はこう動く!

「大きな地震で怖いのが、家具の下敷きになること。同時に、倒れた家具で通路やドアがふさがれてしまって逃げ遅れたり、散らばった家具や食器の破片でケガをするケースも多い」と、国際災害レスキューナースの辻直美さん。

 

「私は2018年に震度6弱の大阪府北部地震で被災しました。

そのとき、住んでいたマンションの隣の部屋ではテレビからラックからすべてひっくり返って床に物が散らばり、背の高いタンスがベッドの上に倒れ込んでいました。

食器棚から飛び出した食器は床に散乱し、キッチンには踏み入ることもできない状況でした。

 

一方で、家具の転倒や飛び出しなどへの対策をとっていた私の部屋は、キッチンに置いてあったびんが4本倒れただけ。同じ間取りでも、備えによって被害がこうも違ってくるのだということが明らかになりました」

 

地震が来たときに命を護り、できるだけ早く日常の生活に戻るには、家の中の物が壊れたり倒れたり、移動するということができるだけ少ないのが理想。

 

「大きな地震が起きると、家の中の物は4つの動きをします。『落ちる』『倒れる』『動く』『飛ぶ』の4つです。

 

『飛ぶ』にピンとこない人もいるかもしれませんが、大きな地震のときには腰から上にある物はほとんどすべて弧を描いて飛んできます。

例えばキッチンの電子レンジ、ラックの上の電話機など、それなりに重さがあると思われる物でも、すごい勢いで飛びます。飛んだ先に人がいればイコール凶器になってしまうのです。

 

家の中をぐるっと360度見回してみてください。目線よりも上、目線と同じ高さ、それよりも下、全部です。

地震が起きたときに4つの動きをしそうなものがないか、まずは見つけてみましょう」

 

腰から上に物を置かない!
安全基地の確保もマスト

災害はいつ起こるかわからず、起きたときにどの部屋にいるかも予測は不可能。

最終的には家中すべてを見直す必要がありますが、まずはいる時間が長いリビングやダイニングから始めてみても。

 

「飛んでくるのを防ぐため、出窓やリビングラックの上などにはできるだけ物は置かないようにします。

テレビは倒れてこないように脚の下に滑り止めシートや耐震マットを敷くなどしましょう。

滑り止めシートは100円ショップなどで売っているもので十分。テレビ以外にも“物が落ちそうなところ”に敷くだけで、かなり防災力が上がります」

 

ライトも、揺れによって落下するとケガの原因に。

 

「コードが長いタイプは、揺れによる遠心力で想像以上に大きく振れて、チェーンが切れることがあります。できるだけチェーンを短くしておき、ガラス製の照明器具なら表面に飛散防止フィルムを張っておくのもおすすめです」

 

こまごました小物類は、むき出しでラックの上などに置かず、ケースにしまっておくと飛散しづらい。

 

「収納ケースの裏底面にも滑り止めシートを貼っておきましょう。棚の上とケースの底、両方にシートを貼ると相互にかみ合って、より動きにくくなります」

 

そして大事なのが、いざというときに身を護れる「安全基地」を確保しておくこと。

 

「例えばダイニングテーブルの下など、“ここにいれば物が落ちてこない、飛んでこない”という場所を1カ所でいいのでつくってください。それを家族で共有しておくことが大事です」

 

防災イラスト 安全なリビングのために

本棚をはじめとした背の高いラック類は、下のほうの段に重さのあるものを入れ、上の段にいくにつれて軽いものを収納すると重心が下になるので安定し、倒れにくくなります。

 

「入れる場所を見直すだけで倒れにくくなり、倒れたとしても被害の大きさに差が出ます。

また、ひとつひとつは軽くても、大量に落ちてくることで危険度が高くなる物にも注意が必要です。

その代表が本。阪神・淡路大震災では本に埋もれて動けなくなり、そのまま亡くなった方が多くいました。本棚の棚板に滑り止めシートを敷き、できるだけ本をギチギチに詰めて並べることも、落下防止には大いに役立ちます」

 

また棚と床の隙間には、転倒防止のための板をかませるのもおすすめ。

 

防災イラスト 本棚の工夫 板をかませる

「棚の前面にくまなく入れられればベストですが、両サイドと中央の3カ所だけでもかなり効果があります。100円ショップの滑り止めシートと合わせ技で使うのがベストです」

 

冷蔵庫の歩行を防止し、
キッチンツールは引き出しへ

冷蔵庫も大きな地震の際には「歩き出しますよ」と辻さん。

 

「揺れによって冷蔵庫内のものが動くことで、冷蔵庫そのものが動きます。中の棚に滑り止めマットを敷くなどするのが有効です。また、キャスターの下には耐震マットをかませておくといいですね。

 

冷蔵庫と天井の間に隙間があると冷蔵庫が動きやすいので、市販の突っ張り棒を使うのも◎。

段ボールなどを積んで天井までの空間を埋める手もありますが、上部から熱を逃がすタイプの冷蔵庫にこの方法は使えません。最近では壁に穴を開けずに冷蔵庫を固定できる固定具が主流になってきているので、検討してみてください」

 

キッチンで絶対に避けたいのが、調理道具の「壁掛け収納」。

 

「見た目はおしゃれですし、パッと手に取りやすいのもわかります。でも大きな揺れが突然来たら、それらはすべてあなたに向かって飛んでくると思ってください。

 

東日本大震災で被災地支援に入った際、菜箸が首に刺さって亡くなった方を見ました。菜箸ですら命を奪う凶器になるのですから、もっと尖ったものや硬いものならなおさら。キッチンツールは引き出しに収納するのがベストです。

 

防災は考えすぎるとどこから手をつけていいのか迷い、止まってしまいます。

あれこれ頭で考えず、大事なのは一歩を踏み出すこと。物を買い足さなくてもできることから始めてみましょう」

 

 

【教えていただいた方】

辻 直美
辻 直美さん
国際災害レスキューナース
公式サイトを見る
Instagram

一般社団法人育母塾代表理事。1991年、看護師免許取得。1993年「国境なき医師団」の活動で上海に赴任。帰国後、阪神・淡路大震災で実家が全壊したのを機に災害医療に目覚める。以降、国際緊急援助隊医療チーム(JMTDR)において国内外の被災地で活動。現在はフリーランスのナースとして講演、防災教育、被災地支援活動を行う。『レスキューナースが教えるプチプラ防災』(扶桑社)ほか、防災関連の著書多数。

イラスト/ミヤウチミホ 取材・文/遊佐信子

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