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憧れの小笠原諸島と硫黄島へ船旅をしてきました

hijiri

hijiri

都内在住の50代会社員。2019年5月に乳がんと診断される。仕事を続けながら同年10月までに3回の手術を経て、2020年1月に放射線治療が終了。現在は、10年間にわたるホルモン療法薬の服薬を継続、年に一度の検診で経過観察中。放射線治療中も継続したランニングの趣味が高じて、ランニングアドバイザー、スポーツ医学検定2級、ナヴィゲーションスキル ゴールドレベル等の資格を持つ。「琉球茶道ぶくぶく茶」東京分室主催。元おでかけ女史組メンバー。

 

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2011年に世界自然遺産に選定された小笠原諸島。本州からの唯一の交通手段は、父島への6日に1便の船で丸1日かけての航行です。乳がんサバイバーとして連載を持つ50代のhijiriさんが、普段近づくことができない硫黄島3島クルーズ付きのツアーに参加。珍しい地形と自然、忘れてはならない歴史を目の当たりにしました。

東京都心からは約1000km(正しくは984km)離れているのに、東京都内。亜熱帯の楽園である、そんな小笠原諸島にあこがれて早30年程たちます。

 

なかなか行けなかった理由はいろいろあるものの、やはり交通手段の問題が大きいでしょう。唯一の手段の客船おがさわら丸は概ね週に一便しか運航していません。つまり一度行ったら6日間帰ってこられないのです。海が荒れたらもちろん欠航。弾丸ツアーなんて夢のまた夢、むしろ国際線で行くアジアの国のほうが全然近い!

 

そんな小笠原にこのたび念願かなってついに!行ってきました。
さらに、上陸はできないものの硫黄島周辺まで到達できるというおまけつき!!

小笠原諸島の旅@hijiri

そんな旅のあれこれ、ご報告します。

世界自然遺産である小笠原諸島

小笠原諸島は、東京都心から南に約1000kmの場所に、大小約30以上の島々が存在する島の塊です。一般の人々が住む有人島の父島・母島のほか、硫黄列島、日本最東端の南鳥島、最南端の沖ノ鳥島などの国境の島々も含み、範囲は約400kmに及びます。

 

一度も大陸と地続きになったことがない「海洋島」であり、小笠原だけに生息する固有動植物の宝庫なのだそうです。2011年に世界自然遺産にも登録されています。

 

そんな小笠原諸島ですが、学術研究者などでない一般人の私たちは、有人島である父島や母島に滞在することがほとんどです。二宮和也さん主演の映画「硫黄島からの手紙」で有名になった硫黄島にいたっては、自衛隊の基地はあるものの一部の許可された人を除き上陸は認められていません。

 

でも、年に一度だけ、一般人が硫黄島の近くまで行ける機会があります。 それが小笠原海運主催の洋上慰霊祭にあわせて実施される「硫黄島3島クルーズ」です。

 

偶然見つけたのですが、え、そんなツアーが?なんと今年も開催される?慌ててカレンダーを見たら、ちょうど予定が空いている!!もうこれは行くしかない!!!

 

というわけで、2024年10月、シカゴマラソンから戻って一週間で、今度は海の上の人となったのです。

硫黄島3島をこの目で見て

東京竹芝桟橋から出発して、24時間でまずは父島へ。 その日の晩から硫黄島クルーズだったので、同じ日の夜また同じ船に乗り、海の上の人になりました。うん、やっぱり遠いね。

 

今回は、硫黄島の3島を海上から見るクルーズツアーです。
原生の自然が息づく南硫黄島、太平洋戦争の激戦地となった硫黄島、太古の遺跡が残り太平洋戦争の強制疎開まで集落があったという北硫黄島の順に巡っていきます。船内で解説の方たちのレクチャーもありました。

 

夜に父島を出港し、日の出のころに最南端の南硫黄島に到着。海からほぼまっすぐに岩が突き出た山高帽のような形をしています。実際にロッククライミングの技術がないと上陸することさえ難しいそうです。湿度が極端に高いせいで上のほうが雲に覆われていて、まるで映画に出てくる絶海の孤島!

上部が雲に覆われる南硫黄島

南硫黄島をぐるりと回り、そこから今度は硫黄島へ。

 

硫黄島には現在自衛隊の基地があります。こちらはかなり平べったい形状をしていますが、もともとはやっぱり山があったそうです。

 

ここでは、硫黄島の戦いで命を落とされた方々の洋上慰霊祭が行われました。神主さんが同行されていて、神事が行われました。

小笠原島近くで洋上慰霊祭

目を島のほうに向ければ、島の高台には自衛隊の方々が並び、ずっと旗を振ってくれていました。

硫黄島から船に向かって旗を振る自衛隊の隊員の方たち

本州からの果てしない遠さ、そこで苦しい戦争が繰り広げられたという事実。 いまだに、この島ではかなりの数の人骨が眠っているそうです。 参列している小笠原村や関係者の方々と一緒に花を投げ入れて、ご冥福と平和が続くことをお祈りしました。この歴史が、忘れられず語り継がれていくことが大切なのだと思いました。

硫黄島近くで洋上献花硫黄島で洋上献花

その後は北硫黄島へ。

これだけの遠隔地ですが、北硫黄島には太平洋戦争の際の強制疎開まで、2つの集落があり、サトウキビの製糖事業で本州と交易していてかなり豊かだったそうです。

北硫黄島

船から見る限り、平地がなく険しい岩山の塊にしか見えなかったのですが、あの尾根の間に工場があって、雲で隠れている島の上部では山羊を飼っていて、あの海岸あたりを子供たちが歩いて学校に通っていたんだよと説明を受け、人間って本当にすごいなと感じました。

 

そして船は父島へ。

上陸しない島を見に行ってどうするの?と思う方も多いかもしれませんね。でもこれらをリアルな空気として感じることができただけでも、来てよかったと思いました。

父島の贅沢なほどの自然と意外な快適さ

なんだか硫黄島の話ばかりになってしまいましたが、小笠原の魅力は父島でもたっぷり味わいました。

 

今回は母島まではいけなかったのですが、父島は想像していたよりコンパクトで、村の中心から少し坂を登るだけで、あっという間にハイキング気分。
私の経験だけですが、海岸沿いからすぐに急斜面に続く地形が、以前住んだことのある香港に似ているかも、と思いました。

小笠原国立公園

感動したことの一つは、夜空に広がる満天の星空。東京都心では決して見ることのできない天の川の美しさに大感動。ちゃんと肉眼で天の川を判別できます。

小笠原父島の満天の星

小笠原海洋センターではウミガメと出会えたり、世界的にも貴重な「グリーンペペ」という光るキノコを探しに行ったり…(写真は撮れませんでしたが、見られました!)。
ここが同じ東京?と思うくらい、まるで違う時間が流れていました。

小笠原のウミガメ

その割には、いわゆる離島の不便さがそこまでなかったことも少し驚きでした。
聞いたところによると、小笠原では出産に対応できる医療体制がなく妊娠32週までに上京することになっているとか、有事の際には硫黄島から長距離対応の飛行機が飛ぶこともあるそう。そのため健康に不安のある方は本州に移住しがちなのだとか。
島の平均年齢はむしろ若めだそうで、実際に公園などでも小さい子供を連れたお母さん方を結構見かけました。

おしゃれなカフェもあるし、wi-fiも特に問題なく快適で普通にワーケーションもできそう。荷物を送る時も”都内”なので離島料金ではないこともすごい(もちろん翌日には届かないけれど) 。

 

ダイビングなどのレジャーや、バードウォッチングなど(鳥好きの人には固有種ばかりの楽園らしいです)に、わりと頻繁に通う方も多いのだそうです。 船が概ね6日に1便なので、6日単位が島全体の基準になっていることもちょっと面白かったですね。

 

もちろん、戦争の傷跡もいまだ残っていますし、観光客が一見しただけで論じられるほど、楽ではないことも多いでしょう。でも、よく聞く離島の若い人離れのような問題が少ないことはよいことだし、この遠く離れた楽園の未来は明るいのかも、と思えました。

虹のかかる小笠原父島

父島に大きな虹がかかっていました。

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