京都の町から、叡山電車で約20分「八瀬比叡山口駅」から川沿いの鯖街道を5分ほど歩くと、土壁の続く趣ある日本家屋があります。ここは、週末のみ営業される鯖ずしの「八瀬 はなだ」です。京都では、ほどよく脂ののった鯖を酢でしめ、その旨味をさらに引き出す鯖ずしは、年間を通じ愛される味のひとつです。かつてはよく家庭で作られ、それぞれの家の味があり、京都人にとってソールフードともいえるもの。
この「八瀬 はなだ」は、10年ほど前に店主である賀幡延子さんが、60歳になられてから始められた鯖ずしのお店です。店の構えは、なんとも趣があり、格子戸がはまる門から続く石畳の路地には、客を迎える打ち水がされ、山野草などが季節の彩りをさりげなく添えています。
そもそもこの家屋は、右京区の仁和寺そばにある浄土宗の尼寺「袋中菴(たいちゅうあん)」の別院として1975年に建立されたものなのです。
袋中上人によって、元和5年(1619)に開創された尼寺「袋中菴」は、その後、公家や貴族の子弟が作法や身だしなみを学ぶ道場に…。そこで代々の尼僧が密かに伝承してきたのが挿華という生け花で、江戸末期に伏見宮邦家新王の第一子である山階宮晃親王により「山階御流」と命名されました。現在、延子さんのご主人、賀幡圓定さんが、「袋中菴」のご住職と共に、「山階御流」六世お家元を務められています。
「八瀬 袋中菴別院」は、賀幡圓定さんと延子さんが守られ、ご家族と共に住まわれていたところ。その後、本坊に移られたため、長らく住む人のない空家となり、次第に寂びれた姿になってしまったそう。その様子に心を痛めた延子さんが、荒れた建物を蘇らせるために始められたのが、鯖ずしの「八瀬 はなだ」。昔から鯖ずしを作られていた延子さんですが、お店をはじめるに当たり、いろいろな素材を厳選、さらに作る工夫もさまざまに研究なさったそう。
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広い座敷が連なる店内…ご高齢の方のためにテーブル席も用意され、各部屋は個室のようにゆったりと過ごせるようになっています。それぞれの部屋にさりげなく飾られた生け花が、いっそう上品な趣を添えています。
ここでいただける人気の品は、「姫お敷」(1400円税込)。手づくりの鯖ずしとだし巻卵やすまし汁などが、黒いお敷きの上に美しく並んだもの。厳選された真鯖のみを丁寧に酢でしめた鮨は、ほどよい脂がのった鯖の旨味を存分に味わえ、特注のぐるりと巻かれた北海道産の白板昆布が、鯖の美味しさと絶妙に調和します。ひと口大のサイズにカットされた食べやすさに、ほぐすことなく美しく食べられる気遣いが感じられます。
「こんなに上品な鯖ずし食べたことない~」と感激する私に、ここを紹介してくれた京都の友人は嬉しそう。「そうでしょ。鯖ずしの美味しさだけじゃなくて、ここのご店主の心遣いが本当に素敵でしょ」と友人。上質のおもてなしは、なんともさりげなく、訪れる人の心を魅了します。
「この古い建物をほかの方にお譲りしてお宿やお店に…という話も何度もあったんですが、長らく大切に守ってきた建物ですから、私ができることをしたいと…」と、お忙しい日常にもかかわらず、延子さんの強い思いで始められ、10年に渡り続けられているお店なのです。「ひとりでやっていることですから、おもてなしにも限度がありますが…」週末のお昼だけの営業で、その日に用意される鯖ずしも限られ、昼すぎには、売り切れになることも多いそう。
「あらかじめご予約いただければ、ご用意できます」と。お持ち帰りの鯖ずし(4000円、ハーフ2000円税込)も予約が必須。お寺の行事などでお休みすることもあるそうなので、伺う時は電話をおすすめ。
「ここでずっと過ごしていたくなるでしょ」という友人。その言葉は、きっとここを訪れる人、だれもが抱く共通の思いです。「鯖ずしって、発酵食品だから、体にいいのよね~。追加しちゃおうかな~」と思わず。数に余裕があれば、追加も可能です。
京都の美意識と豊かな味わいにひたるひとときが、そこに…。
八瀬 はなだ
京都市左京区八瀬野八瀬町46
075‐706‐5373
営業時間:11:00~16:00
金・土・日曜のみ営業 (不定休の場合もあるので、事前に確認を)
小原誉子
ブログ「ネコのミモロのJAPAN TRAVEL」