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三浪は当たり前、卒業生の半数は行方不明!?仰天必至の「東京藝大」という世界

山本圭子

山本圭子

出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

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春といえば入学シーズンですね。私にとってこの季節の思い出のひとつが、小学校時代の友人と東京で再会して、彼女が通い始めた大学に連れて行ってもらったこと。
そこは上野の東京藝術大学でした(ちなみに友人は建築科)。

 

 

「なんだかフツーの大学とは雰囲気が違う」と感じたのは覚えているのですが、詳細な記憶はなし。
「もったいないことをした! 図々しく探検させてもらえばよかった!」と心底思ったのは、『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』があまりにもディープで面白かったからです。

書評_photo

『最後の秘境 東京藝大
天才たちのカオスな日常』
二宮敦人 新潮社 ¥1400(税別)
全員遅刻の美校VS時間厳守の音校、ガスマスクを売っている生協、洗い物をしたことがないピアノ科学生、「かぶれは友達」と語る漆芸専攻生、声楽科がチャラい理由、学園祭の挨拶で「お前ら、最高じゃあああああああァ!」と絶叫する学長。面白すぎて深すぎる東京藝大の実像を描いたノンフィクション

 

 

気がつけば最近、特別な能力を持つ人を描いた本をよく読んでいますが、もしかしたら人生後半戦にさしかかった今、“自分にはありえなかった人生”をある種のあこがれとともに考えたくなっているのかもしれません。

 

 

さて、この本の著者は二宮敦人さん。ホラー小説やエンタメ小説を書いている作家ですが、奥様が藝大生。
彫刻科に在籍している彼女は、二宮さんが執筆している横で巨大な木の塊から陸亀を彫り出したり(ドッカンドッカン大きな音をたてて!)、自分の等身大全身像を作るために型を取ろうと身体中に半紙を貼ったり。

 

 

以前家族で海外旅行に行き、ルーブル美術館に入ったときは、『サモトラケのニケ』の彫像に感動して、5時間以上も見続けたという女性です。
そんな彼女と暮らす二宮さんは
「何もかもが僕にとっては新鮮で、いちいち驚いてしまう。しかし妻はといえば、きょとんとしている」
「この人の通う大学は、思った以上に謎と秘密に溢れているようだ」
と興味を持ち、東京藝大の学生たちの実態を調べ始めたのでした。

 

 

東京藝大は学生数が約二千人と少人数の大学で、音楽学部(通称・音校)と美術学部(通称・美校)のふたつがあります。
音校と美校は道路をはさんで分かれていて、二宮さんによると「行き交う人の見た目が、左右で全然違う」のだとか。

 

 

「音校に入っていく男性は爽やかな短髪にカジュアルなジャケット、たまにスーツ姿。女性はさらりとした黒髪をなびかせていたり、抜けるような白いワンピースにハイヒールだったりする」

 

 

対して美校は
「……真っ赤な唇、巨大な貝のイヤリング。モヒカン男。蛍光色のズボン。自己表現の意識をびりびり感じさせる学生がいる一方で、まるで外見に気を遣っていないように見える学生も多い」

 

 

音校と美校の学生の見た目がこんなにも違うのはなぜなのか。そしてその先にあるものを、二宮さんはたくさんの学生たちと会うことによって明らかにしていきます。

 

ただし、二宮さん自身が結論めいたものを導き出しているわけではありません。基本的には、学生たちとの対話がレポートのような形でつづられていきます。

 

 

それをいくつも読むうちに、音楽や美術を専門的に学ぶとはどういうことなのか、学生たちが模索している学びと経済的な自立の関係(芸術でお金を稼ぐのは難しい!)について自然と考えさせられます。
だから“秘境”の実話が興味深く、というよりかなり切実に胸に響いてくるのです。

 

 

といってもこの本の肝はやはり、専門分野を極めるためとはいえ、びっくりするようなことを当然のように行っている(もしくは受け止めている)秘境の人々の雄姿。もちろんその中には教授陣も含まれます。

 

 

たとえば美校には、1,000以上の部品を手作りして絡繰り人形を作っている人がいる。ブラジャーを仮面にし、上半身はトップレス&乳首には赤いハートマークで校内を歩く人もいます。

 

 

音校だと、それぞれの楽器を極めるあまり骨格や体型が変わるだけでなく、人種も形成されてしまう!?口笛で芸大に入った人や、邦楽とカワイイを掛け合わせた文化を発信している三味線奏者もいます。

 

 

もちろん彼らはウケ狙いなどでそういうことをしているわけではなく、やむにやまれぬ気持ちの発露というか、真面目に取り組んだ結果がそれだった、ということ。
だから、ひとりひとりの理由のすべてを理解できるわけではないけれど、力づくで納得させられる部分があるんですね。

 

 

納得という意味で一番だったのは、音校楽理科卒業生の女性の言葉。
「音楽は一過性の芸術だからね」
「つまり、その場限りの一発勝負なのよ。作品がずっと残る美校とは、ちょっと意識が違うかもしれない。あと、音楽って競争なの。演奏会に出る、イコール、順位がつけられるということ。音校は順位がつけられるのが当たり前というか、前提になっている世界なんだよね」

 

 

そして、二宮さんの奥様の対照的なこの言葉。
「美術って、みんな一緒に並べて展示できるからいいよね~」

 

 

一過性の芸術と、残すことができる芸術。それぞれの違いがもたらすものの大きさ、宿命、それゆえの豊かさや困難について、門外漢なりにしみじみ考えさせられました。

 

 

もうひとつ、強く印象に残ったのが「なんだか(音楽や美術から)離れられないんですよね~」みたいな、ふわっとしたことを言う人の多さ。必ずしも必死の形相みたいな感じではないんです。
空気のような存在であり、生活必需品のような付き合いだから、音楽や美術から離れられないということなのかな。

 

 

安定志向の人生とは真逆かもしれないけど、それを越える何か、無償の愛をささげたいものを藝大の学生たちは持っている……そんな気がしてならず、「とにかく納得できるまで頑張って」と心から彼らを応援したくなりました。

 

書評_photo


『太陽の塔』
森見登美彦 新潮文庫 ¥460(税別)
エリート大学生たちが登場する仰天必至の話といえばこれもそう。(ただしこちらはフィクション) 京大らしき大学に通う「私」は奇跡的に水尾さんという恋人ができたものの、あえなく失恋。妄想力しか持たない男は果たして再生できるのか。日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、人気作家のデビュー作

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