年齢を重ねるごと、美しいたたずまいを見せる黒木瞳さん。
宝塚歌劇団の娘役トップを経て映像の世界へ入り、以来、女優ひとすじに生きてきた。
「毎年、何人かの”女”たちに出会って、何か月かその人生を生きる。この役を黒木瞳に託されたという責任があります」
そう話す黒木さんが取り組んだ映画が、内館牧子さんのベストセラー小説『終わった人』を原作とする作品。
定年退職した夫(舘ひろし)は暇をもてあまし、夢も趣味もなく、かつての輝きを失っていく。そんな夫にあきれ、しだいに苛立ちをつのらせていく妻の心情をリアルに演じた。
撮影/萩庭桂太 ヘア&メイク/近藤志保(reve) スタイリスト/後藤仁子 取材・文/水田静子
トップス¥21,000/カレンソロジー(カレンソロジー青山) ピアス¥54,000/マリハ(マリハ伊勢丹新宿本店)
黒木瞳さん
Profile
くろき・ひとみ●10月5日生まれ。福岡県出身。宝塚歌劇団月組の娘役トップを務め、1985年、映画『化身』で映画初主演。以降、映画、ドラマ、舞台と活躍を続ける。『失楽園』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。2016年には、映画初監督作品『嫌な女』、2017年には監督作品2作目『わかれうた』を発表。2018年5月15日~30日には、吉田鋼太郎とともに日生劇場にて舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』に出演。
役柄との共通項は
夫への塩対応?!
「もう絶対にやりたいです!」
出演依頼があったとき、即答したという黒木さん。
「なんとインパクトあるタイトル(笑)。内館さんの原作は、定年後の男性の切り取り方が新鮮ですごく面白かったですし、ホラー作品で知られる中田秀夫監督が撮られると聞いて、興奮しました。私は以前、『仄暗い水の底から』、『怪談』というホラ―でご一緒させていただいたのですが、とても信頼している大好きな監督さんなのです。その監督がホラー以外の、ごく普通の夫婦、定年後の男の悲哀といったようなものを、いったいどんなふうに捉えられるのか、もうわくわくしましたね。夫役の舘さんとも4回目のお仕事。とても包容力のある優しいかたですし、うれしい共演でした」
芝居には「正解がなく、それゆえに役づくりはいつも葛藤の連続です」と語る黒木さん。
「つかめた、と思ったそばから、やっぱりダメだとめげて落ち込んで。でも絶対に妥協はできませんから、その人をどう演ずるか、生きるのか。もがきながら日々を、過ごしてきました」
とはいえ、今作の撮影現場は、素朴で温かい人柄の中田監督のもと「くつろいだ気分になれるほど」なごやかなものだったという。
「美容師という私の役も、仕事を持っている女性という点で重なる部分がありましたし、夫に対して若干、塩対応のところもあるけれど(笑)、根っこではとても信頼しているところも似ていて。役柄の心に深くもぐり込んで探らなくても理解しやすかった、というところもありますね」
どこの家庭、夫婦にもありがちなシーンの連続に、観る側はうなづいたり、笑ったり、ほろりとさせられたり。
「とにかく舘さんのお芝居が本当に素晴らしかった。もう100万点のお芝居です! ふだんはダンディなかたですけど、定年になったダメな親父の哀愁を、どこかコミカルに見事に演じていらして」
トップス¥21,000・スカート¥26,000/カレンソロジー(カレンソロジー青山) 靴/スタイリスト私物
いまや高齢社会に向かい、100歳まで生きるといわれているわが国。定年後の夫婦の在り方、過し方はOurAge世代にとっても大きな問題のひとつとなった。実生活では黒木さん自身、ビジネスマンの妻である。
「かつて『失楽園』という映画を撮っていたとき、森田芳光監督から『きみはホワイトカラーの男性と結婚しているから、(役の)生活観がよく分かっているはず』と言われたことがありますけど、会社員である夫の定年は私にとっても、とても身近な問題。彼もやがては定年を迎えますし、身につまされます。一足先に、この作品で学ばせていただきました(笑)」
定年した翌日から、毎日のように家にいるようになり、することがなく暇になった夫と、かたや女性たちは逆にアクティヴだといわれる現代。
「実際、女性は、仕事を持っている、いないに関わらずやることがたくさんあって本当に忙しいですよね。スケジューリングが上手ですし、ものごとに柔軟に対応できます。でも会社ひとすじだった男性たちは、本当に何をしたらよいのかわからなくなるかも。特に男性にとっては肩書とか、名刺とかが大切だったわけで、壮介(舘さんの役名)のようにかつてはエリートで見栄を張って生きてきた人ならなおさら。いっさいのものを失ったとき、空しくて心が折れるような状態になるというのもわかります。そうかといって、毎日、家にいられたら、妻のストレスはどんどん溜まっていきますよね」
黒木さんご夫妻は、定年後の話などされるのだろうか。
「まだ、老後のことまではしませんけど、やはり定年してからの話はしますね。映画の中で壮介が、コンビニにお弁当を買いに行くシーンがありますけれど、私はそんなときのために、とりあえず親子丼と鶏南蛮そばの作り方を、夫に教えました(笑)」
いずれにしても定年してのち。「そこからどう始めていくかですよね」と話す。
「健康寿命というのでしたっけ。まずは互いに、身も心も健康でいることを心がけなければなりませんね。そして元気なうちはずっと家にいないで、仕事でも趣味でも、興味のあることを新たに学ぶでもいいですけど、とにかく何かはやっていて欲しいと思います。私の夫はゴルフ三昧したいなどと言っていますね。毎日、朝から晩までゴルフの練習場に行って、帰ってからは家の庭でちょこっとやって、ゴルフ・チャンネル見てと(笑)。でも自分の人生だから、きっと何かは考えるでしょうね。突然『ラーメン屋さんを始めたい』とか言い出してくれないかしら(笑)。それはそれで面白いですし、第二の人生、私は応援すると思いますよ」
作品の中で、紆余曲折を経験していく夫婦。やがて「まだまだ終われない!」と懸命に歩み出す夫と、その選択を受けとめていく妻。家族や周辺の人々との泣き笑いの中に、生きることの素晴らしさをしみじみと伝える。
「大好きな仲間たちと一緒に作れた、心に残る大切な作品になりました。この映画が、同世代へのエールになってくれたらうれしいですね」
(「黒木さん自身の美と健康」を語った、インタビュー後編はコチラ)
『終わった人』
6月9日(土)より、全国ロードショー
配給:東映
(c)2018 「終わった人」製作委員会
監督:中田秀夫 脚本:根本ノンジ 原作:内館牧子「終わった人」(講談社文庫)
出演:舘ひろし、黒木瞳、広末涼子、臼田あさ美、今井翼、田口トモロヲ、笹野高史ほか