ひと足先に60代を迎えたエッセイストの光野桃さんは、ファッションやライフスタイルにまつわる提案を、センス良く明快な言葉で言い切ってくれる、頼りがいのある「姉」のような存在。
1956年生まれ、女性編集者を経て、イタリア・ミラノ在住。帰国後、文筆活動を開始。1994年のデビュー作『おしゃれの視線』(婦人画報社)がベストセラーとなってその後も多くの著書をだされています。
2年前、『自由を着る』(KADOKAWA)、『感じるからだ』(大和書房)が発売された際にはOurAgeでもインタビュー。
そのときのお話しで、ずっと長い更年期というトンネルのなかにいたのが「還暦を迎えたある朝のこと。突然、海面にぽっかりと顔が出て自然に息を吸ったときのように清々しい気分に」なったの、とおっしゃていたのが印象的でした。
そんな光野さんの本が最近続けて発売されました。
どちらの本にも、OurAge世代が陥りがちな悩みに寄り添い、気づきを与えてくれるセンテンスでいっぱい。きっと多くの人に励ましを与えてくれること間違いなしです。
ぜひ手に取っていただきたいと思い、ここでご紹介します。
特に『白いシャツは、白髪になるまで待って』は、若いころの服が似合わなくなってきて、戸惑っている人にとってはバイブル本になりそう。
自分に似合うシルエットを知って、「着回しをやめる」ことで、自分の土台だけ、のようなスタイルをみつけよう。それを時間ともに皮膚のように自然に馴染ませよう、と指南。
似合うものがわからなくなったら発想を切り替えて、デザインより質感優先にするのがいい。「肌が震えるほどの質感を味わう」快楽こそ、今の私たちに必要なおしゃれの醍醐味だと教えてくれます。
だからといってトレンドを遠ざけるわけじゃありません。トレンドアイテム自体は持たなくてもいいけれど、その微妙な差異に敏感でいないとおしゃれから遠ざかってしまうとアドバイス。
そして、ジュエリーや香水は「『好き』だけで選んでみる」とその人らしい奥行きを感じさせるおしゃれが楽しめる、などと若いころとは異なる大人のおしゃれのノウハウがたくさん詰まっています。
一方「老いの盲点、肘と足首」の話にはドキリ。今すぐ自分の肘に触って確かめてみたり、鏡に後ろ姿をうつしてチェックしてみたくなる衝動にかられます。
タイトルにも使われているワード「白いシャツ」。若いころから光野さんを始め、多くの人が憧れる「白いシャツが似合う女」。この年齢になったらどうしたらよいのか…。タイトルから予測されるかもしれませんが、その理由に光野さんならではのセンスと心意気が感じられます。ぜひ本書を読んでみてくださいね。
大人のおしゃれに不可欠な勘どころが、1テーマ見開きでコンパクトに解説されている本書。おしゃれが楽しめなくなったと感じている人にお勧めです。
もう1冊は、「心のよりどころ」に出会うきっかけを教えてくれる本。
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『これからの私をつくる29の美しいこと』は、ウェブマガジンで連載されていたエッセイ『美の目、日々の目』をまとめたもの。
時間に追われあわただしく過ぎていく暮らしの中で、失いがちな自分を取り戻すことができる心のよりどころとして、光野さんが大切にしている物や事が、29編のエッセイにまとめられています。
和籠やお母さまから譲られた真円のパール、マグカップやコートなど、光野さんのアンテナがキャッチした小物や服などもあるのですが、よりインパクトを感じさせるのは、心をわしづかみにされたという人や事のエピソード。
きっかけは写真集『ひろしま』や沖潤子展で出会った刺繍の作品、二見光宇馬(ふたみこうま)さんの小さな陶器の仏様。たとえ物であっても、興味はそれを創造した人へとつながり、一般的に知っただけではたどり着けない物語へと私たちをいざなってくれます。
物に込められた作り手の想いや人柄にまで思いを寄せる、的確で深いまなざしは、読み手の私たちの心まで柔らかに包んでくれるかのよう。
小さくても、ありふれていても、心から好き! と言えるものがあれば、人はどれほど心豊かになれるか。
仕事や子育てがそろそろ手を離れるアラフィフ世代は、自分の心の中にサンクチュアリ(聖域)を持つことが大切と、光野さんは説きます。
というのも、ご自身が親の介護と自分の更年期という疾風怒濤の40~50代を乗り越えてきたからこそ。
言葉ひとつひとつが心に響き、なにより読み終えた後は、疲れてささくれていた心が、湧き水が染み渡るようにみずみずしさを取り戻しているのを実感できます。
どちらも、前方に見える尾根にひと足先に立つ先輩に、おおらかに優しく励まされている、そんなあたたかな力をもらえる2冊です。
文/佐野美穂