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明治神宮の森は無理に造った「人工物」だった! 明治から大正に変わる時に起きた大問題を描く

山本圭子

山本圭子

出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

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元号が「令和」になってはや三カ月。
最近は西暦のほうが広く使われているのか、はたまた私の環境がたまたまそうなのか、初めて書類に「令和1年」と記入したのはつい先日、区役所で証明書を取る際でした。昭和生まれとしては「平成をまるまる生きて令和を迎えたんだな」としみじみ。

 

 

考えてみれば元号が変わる前後の書店は、関連本でかなり盛り上がっていました。皇室関係の本や平成を振り返る本が、とりわけ目立つ場所にずらり!

 

 

そんなこともあって今回ご紹介したいのは、改元時を描いた小説なのですが、平成から令和ではなく、明治から大正になったときの話。
読み逃していた朝井まかてさんの『落陽』が4月に文庫化されているのに気づき、手に取ってみたら、時代が変わることについて、天皇という存在について、いろいろと考えたくなる小説だったのです。

 

書評_photo

『落陽』 朝井まかて 祥伝社文庫 ¥720 明治天皇崩御直後に起きた神宮造営計画。「風土の適さない東京に神宮にふさわしい森は造れない」と述べる専門家と「どうしても東京に」と譲らない政財界人が対立し、やがて国民を巻き込んだ動きになるが……。読後、タイトルの意味を考えたくなる小説

 

 

当時の状況がわかりやすく物語に織り込まれ、なおかつ先が気になる展開になっているのは、さすが実力派作家!
「明治天皇の御霊を祀る明治神宮、とりわけその森はどうやってできたのか?」というテーマを軸に、天皇崩御後の世の中と人々の思いが生き生きと描かれていて、まるでノンフィクションを読んでいるかのような手ごたえがありました。

 

 

ここでひとつ恥ずかしいお話を。
実は私はいい大人になるまで、明治神宮の森が人工的に作られたものだとは知らなかったのです。
一般的な神社の森のように昔から存在していて、そこに明治神宮ができたと思い込んでいた。そして何かの機会に事実を知ったときも「へえ~」で済ませてしまっていました。

 

 

だからこの小説を読んで初めて明治神宮造営が最初から問題山積で、言ってみれば無理を通したようなものだったと知って心底びっくり。「いつもにぎやかな原宿の近くにそんな意外な過去があったなんて……」とちょっと遠い目になりました

 

 

さて、当時問題になったのはまず場所です。
東京の政財界人から「明治天皇の陵墓が京都に内定しているのなら、東京には御遺物御記念として神宮を」という計画が出され、閣議でも決定。
園芸や農学、樹林・樹木の専門家を含む委員会の動きが新聞で盛んに紹介されると、全国13候補、39件(都内はもちろん富士山、筑波山、箱根など)が候補地として名乗り出ますが、どこも決め手に欠けていました。

 

 

結局、規模が大きくて参拝者が訪ねやすく、取得しやすい場所という理由で代々木御料地に決定。
しかしそこは、神宮林にふさわしい針葉樹が育つ場所ではなかったのです。
つまり「乾燥した土壌だから広葉樹しか育たないが、それでは神社の荘厳さ、雄大さを醸し出せない」という大問題が!

 

 

じゃあどうすればいい?ということで決まったのが、「主に常緑広葉樹を植えて、神聖なる森を人工的に造ればいい」という案。ただ樹林・樹木の専門家にとってもその方法はまったくの手探りで……。

 

 

さらに私が驚いたのは「造営費用に莫大な費用がかかるため植える木は献木で」というやり方。つまり、国民から寄付された木で神宮の森を造るというのです。(“ウソでしょ!?”と言いたくなりました)しかもそれが成功するかどうかは、150年ぐらいして森の完成を見極めないとわからない、と。

 

 

この無理難題の経緯を追っていくのが、主人公の新聞記者・瀬尾と彼の同僚の女性記者・響子。
ふたりが属しているのは三流新聞ということもあり、簡単には情報を得られませんが、粘り強い取材で樹林・樹木の専門家などに人脈を作り、造営の進捗状況をつかんでいきます。

 

つまりこの小説は史実をもとに物語をふくらませていくなかで、若い男女が職業人として本物になっていく姿も描いています。

 

 

特に瀬尾は「大学を出たら末は大臣か博士か」というひと世代前の価値観に疑問を持った結果、人生の目標を見失っていた男。彼が取材にのめりこむうちに視野を広げ、自分と同年齢の頃には即位していた明治天皇に思いを巡らす場面は、ちょっと感動的ですらありました。「あのやさぐれていた男が自力で成長したんだ」と。

 

 

ここには彼ら以外にも、時代の変わり目を機に飛躍しようとする人、それを地道に乗り切ろうとする人や静かに迎えようとする人など、さまざまな人物が描かれています。

 

 

彼らはそれぞれ違う過去を背負っていて、明治という過ぎた時代への思いも違うけれど、天皇に対してはどこか共通する感情があるらしい。
一方、明治天皇とは果たしていかなる人物で、即位後何を考えながら務めを果たしていたのか……?

 

 

読み終わったとき感じたのは、『落陽』は身分を問わず、同じ時代を生きた人々の内面を見つめた小説だったんだな、ということでした。

 

 

平成を冷静に振り返るにはまだ時間が必要かもしれませんが、100年以上経てば小説という形をとってこういうことも書けるんですね!
改めて、時代小説の面白さと可能性を確信した1冊でした。

 

書評_photo

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