運動オンチなのに、スポーツを観るのは大好き。といってもテレビ観戦ばかりですが、中でも陸上競技(主に走る系)番組を新聞のテレビ欄で見つけると、すぐに録画予約。
専門的なことはわかりませんが、短距離ならシンプルなかけっこの魅力を、長距離なら何が起こるかわからない展開を楽しんでいます。
というわけで、先日もある陸上の大会にテレビのリモコンを合わせたのですが、女子(選手の年齢は主に10代後半から20代前半)の短距離の予選を数レース観ていて、ちょっと驚いたことがありました。
それは、○子という二文字名前の人がほとんどいない、ということ。
私は圭子ですが、同級生には慶子、敬子、恵子、啓子といった「けいこさん」がよくいたし、「ゆうこさん」なら裕子、優子、祐子、佑子に当てはまる人がクラスにひとりくらいはいました。もちろん、そのほかの○子さんも。
そういう名前、今の若い世代にはあまりいないんですね。学校の先生など、とっくに気づいていた方も多いと思いますが……。
まあ、名前にも流行すたりがあるのは当然なんですけど(苦笑)。
だからその数日後、書店の新書コーナーで『キラキラネームの大研究』が目に留まったのは、ある意味当然だったと思います。
タイトルを見るなり「○子が少数派になったなんて、大したことじゃない。それより最近話題の読めない名前=キラキラネームってなぜ生まれたの? どうして増えたの?」という疑問が、がぜん高まってきたのです。
ちなみに、テレビ観戦していた陸上の大会にも、キラキラネームっぽい選手が何人か出場していました。
さてここでクエスチョン。
この本で例として挙げられているこれらの名前は、何と読むのでしょう?
苺苺苺
愛夜姫
光宙
あなたは読めましたか? 正解は次のページへ!
正解は
まりなる
あげは
ぴかちゅう
「さっぱりわからない」「面白すぎる」などいろんなご意見があるでしょうが、万葉集や源氏物語に詳しく、古代漢字に関する本も手掛けた著者が最初に感じたのは、戸惑いや困惑でした。
決して批判するのではなく、「本当に実在するのだろうか」「命名の現場で何が起こっているの?」という気持ち、そして漠然とした違和感だったのです。そしてそれは私も同様でした。
ここから著者の“名前と漢字についての考え方を探る旅”が始まります。過去から現在にわたるその道のりは、奥が深いうえに発見に満ちていて、まるでミステリーのよう!
読みながら「なるほどね」「で、次なる疑問は?」と言いたくなったというか、探偵の助手になったような気分(おおげさ!?)でした。
なので、ぜひ読んでこの刺激を味わっていただきたいのですが、ポイントをかいつまんでご紹介すると
●“キラキラネームをつける親=元ヤンやバカ親”では、もはや説明がつかない
●多数派は疑似キラキラネーム
●今の子育て世代は「空気を読む」ことが最重要事項のはずなのに、なぜすぐにはわからないような名前が増えている?
●キラキラネーミングにはある雑誌の影響と方程式が!?
●織田信長や森鴎外の子どもも、一種のキラキラネームだった理由
●古代から延々と続く、日本語と漢字と名づけを巡る試行錯誤の歴史とは
他にも興味津々の指摘がいっぱい! 身近なテーマですが、歴史や日本語にも話が及び、知的好奇心がむくむくわいてくる1冊です。
それにしてもいまどきの新書って、読みやすさを考慮した文字や紙になっているし、テーマも多彩だし、「いろんな人に読んでもらおう!」という気概を感じますね。
「これからはどんな名前が流行るのかな。当分は、疑似キラキラネームが主流なんだろうな」と思いながら本を閉じましたが、そのあとたまたま手にしたのが北大路公子さんの日記エッセイ。
お酒が好きすぎるために、そして度を越した妄想のために、読者に爆笑を巻き起こす人気エッセイストの最新刊『石の裏にも三年 キミコのダンゴ虫的日常』に、こんなことが書かれていたのです。
「(友人の)子供の名前を知りたいが、
夜露死苦(よろしく)
とか
舞蹴蛇苦尊(マイケルジャクソン)
とか、なんかそっち方面のキラキラした名前だったら、どう応えていいかわからない」と、一人ドキドキする私。
た、たしかに(汗)……キミコさんの気持ちは、わかりすぎるくらいわかる!
「個性的な名前をつけようと、読み方にこだわった親の気持ちは理解できる。でも、漢字や言葉が軽いイメージになっちゃうのは、いかがなものかと思うしね」と困惑しながら、“尋ねた名前がキラキラネームだったときの適切な態度”について考え続けたのでした。
(「あら、素敵ね」と、さらっと流せばいいのでしょうか……)