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斬新な発想の極上ミステリーに 「やられた!」

山本圭子

山本圭子

出版社勤務を経て、ライターに。『MORE』『COSMOPOLITAN』『MAQUIA』でブックスコラムを担当したのち、現在『eclat』『青春と読書』などで書評や著者インタビューを手がける。

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春の初めの午後、私はささやかな解放感を味わっていました。その理由は3か月がかりの仕事がひと段落ついたから、そして「もう冬は終わり!」と実感できたから。
寒いのが超苦手だし、風邪やインフルエンザが怖いし……というわけで、冬はなんとなく“防御モード”に入ってしまうのですが、そろそろ大丈夫!

 

 

そこで向かったのは伊豆の温泉、と言いたいところですが、自宅からちょっと離れた大型書店。きままに本を選び、文具コーナーでそこ以外では手に入りにくいノートを買い込み、隣接するカフェで美味しいコーヒーを飲む。「あ~幸せ……」と感じる瞬間です。
簡単なことですが、忙しいとわざわざな場所へは足をのばさないんですよね。

 

 

その日はなんとなくミステリーを読みたい気分でした。「そういえば最近翻訳ものを読んでいないな」と文庫の棚へ行くと、目に飛び込んできたのがこの表紙、というか帯。

 

 

「表紙からすでに仕組まれたトリック。見破れますか?」

書評_photo

『マーチ博士の四人の息子』
ブリジット・オベール 堀茂樹・藤本優子/訳
ハヤカワ文庫 ¥840(税別)
ジニーは、医師のマーチ博士の広い館に住み込みで働くメイド。ある日彼女は、博士の妻が着なくなったコートに日記が隠されていることに気づく。そこに書かれていたのは、快楽殺人を繰り返してきた息子の怖ろしい心情だった。唖然、呆然のラストまで、手に汗握りっぱなしのミステリー

 

 

「このシンプルな絵のどこにトリックが?」としばらく考えてみたものの、さっぱりわからず。すぐさま購入して、隣のカフェで読み始めました。

 

 

『マーチ博士の四人の息子』は、フランスの女性作家ブリジット・オベールのデビュー作。主な登場人物は医師のマーチ博士とその妻、彼らの四つ子の息子とマーチ家のメイド・ジニーです。
物語はふたつの日記が交互に出てくる形で進行しますが、1冊は「自分は息子たちのひとりであり、幼い頃から快楽殺人を繰り返してきた」と告白する日記。もう1冊は、それを盗み読みしたジニーの混乱する心境をつづった日記です。

 

 

四人の息子のうち、クラークは医学部の学生で、ジャックは音楽院の学生。マークは弁護士事務所の研修生で、スタークは電子工学部の学生。
個性はそれぞれ違いますが、みんな見た目的には親思いのいい子。(当然顔はそっくり!)
殺人鬼は四人の誰とも性格が似ていないうえ、いくらジニーが注意していてもしっぽを出さず、彼女がもんもんとしているうちに新たな殺人事件が起きてしまうのです。

 

 

読み進めるにつれ「日記で殺害予告をする殺人鬼を早くどうにかして!」とイラついてくるし、「良心のカケラもないコイツを生かしていてはダメ!」と腹が立ってくるし。
この荒々しい感情はもう、物語に取り込まれた証拠ですね(苦笑)。

 

 

こんなふうに書くと「ジニーがさっさと警察に通報すればいいんじゃないの?」と考える方もいそうですが、実は彼女はすねに傷がある身。前科持ちで、偽名で逃走しているので「身元を調べられたら刑務所に入れられる!」とおびえているのです。
しかもマーチ博士のお酒をたびたび“ちょっといただく”ジニーには、「もしかしてアルコール依存症?」と思われる節も。「彼女の日記には妄想が交じっているのでは」という疑いすら浮かんできます。

 

 

やがて殺人鬼がジニーの盗み読みに気づいたことで、物語は新たな展開に。
自分の身が危ないと悟ったジニーは家を出ようとするのですが、それを阻む事態が起きてしまい……。

 

とにかく、家庭は一見平穏を保ったまま、2冊の日記内ではひりひりするような神経戦が交わされ、読む側は「殺人鬼は誰? ジニーはどうなるの?」とページをめくる手が止まらない!!

 

 

余談ですが、紙の本と電子書籍の違いのひとつが、「紙の本は残りのページ数を目で実感できる」ということ。
残りが少なくなるにつれ、読むスピードが加速する経験って多くの方にあると思いますが、『マーチ博士の四人の息子』はあまりに先が気になって、加速ぶりがすごかった……。

 

 

この先の展開は読んでいただくしかないのですが、「なるほど!」という言葉が思わず口からもれたほど。
登場人物の誰ひとり嘘をついていなかったし、全員の態度にも納得ができた。もちろん、表紙の言葉の意味もようやくわかったのでした。
ただ「あ~、すっきり!」と思いながらも、かなり切ない読後感があったりして……。

 

 

「誰ひとり嘘をついていなかった」で思い出したのが、歌野晶午さんのミステリー『葉桜の季節に君を想うということ』です。

書評_photo


『葉桜の季節に君を想うということ』
歌野晶午
文藝春秋(現在は文春文庫) ¥670
主人公は、「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵の成瀬。都立高校の生徒で後輩の清に頼まれ、彼の片思いの相手・愛子の家族がひっかかった霊感商法を探ることに。あまりにも意外な仕掛けで、読み終わったとたんもう一度読み返したくなること必至!

 

 

 

元探偵の成瀬が、同じ白金台のフィットネスクラブに通う愛子から悪徳商法の調査を依頼される。一方駅で電車に飛び込もうとした女性・さくらを救ったことから、彼女とかかわりをもつようになって……というストーリーですが、いくつもの話がひとつの絵になるようにピタリとはまったラストに感動!

 

 

そして何より驚いたのは「登場人物は誰ひとり嘘をついていなかったのに、読み手の私が勝手な想像をしていた」ということでした。
だから、ラストで浮かび上がった絵は一瞬で色を変えたというか、あらすじは同じでもまったくテイストの違う物語に変貌した、というか。

 

 

10年以上前に読んだミステリーですが、あの衝撃は今でも忘れられません。
ふだんあまりミステリーを手に取らない方にもこれはおすすめ。「小説ってこんなこともできるんだ!」という感動すら覚えるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

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