1月末に『もう、だまされない! 近藤誠の「女性の医学」』を上梓した近藤誠さんに、Our Ageの更年期コラムでもおなじみの草野いづみさんがインタビュー。近藤先生と草野さん、実は浅からぬご縁があるようで……。
近藤 久しぶりだね。昔はライターとして、よく取材に来てくれていたよね。
草野 お久しぶりです。最初にお会いしたのは80年代後半、乳がんの取材でした。当時の乳がん治療は、乳房だけでなく胸の筋肉まで大きく切除するのが当たり前で、「乳房を切除しない乳房温存療法でも効果は変わらない」と日本で初めて主張したのが近藤先生でした。これはぜひ広めなくてはと思って、記事にしたんです。89年には集英社の『モア』でも取材しましたが、月刊女性誌では初めてだったと思います。
近藤 そうだったね。
草野 当時、日本でがんを告知しない習慣に対して異議をとなえ、患者が治療を理解し選択するためのインフォームド・コンセントやセカンドオピニオンをいち早く広めたのは、近藤先生と患者の女性たちだと思っています。今では乳房温存療法は当たり前になっているけれど、当時の医療界は猛反発。まわりは敵だらけという感じで。
近藤 それは今もそうだけど(笑)。
草野 そうなんですか(笑)。当時、私が印象的だったのは、理論を裏づけするデータがきっちりあって、患者さんへの説明が懇切丁寧で非常に明快だったこと。そんなドクターはいなかったから、温存療法を選んだ患者さんたちは、そこに共感・納得して、わざわざマイナーだった近藤先生を探して選んで治療を受けにきた人ばかりでしたね。私自身も母が大腸がんになって肺に再発転移したとき、近藤先生を主治医に選んで、最期までお世話になりました。愛する家族でも体と人生はその人のもので私は代わることができない、だからちゃんと自分のことを知って治療を受けてほしいと思ったんです。
近藤 ありがとう。科学的根拠に基づいた医療を行うことは、僕がいちばん心掛けてきたことでね。僕が発言してきたことは、従来の医療の常識をくつがえすようなことばかりだから反発も大きいのだけれど、思い込みが先にあるわけじゃない。いろいろ論文を読んだり、自分で考えたりして、〝これだ!〟って思うでしょ。それが現実の治療とズレているときに、初めて発言しようという気になるんですよ。
草野 なるほど。でも近藤先生は当時、海外では行われていた乳房温存療法の情報をちゃんとキャッチしていたのに、ほかの医者はなんでスルーしたんでしょう?
近藤 それはそれぞれの頭の中のことだから推測になるけれど、まず医学教育からの刷り込みがある。日本の医療は歴史的に手術絶対主義がはびこっていて、学生時代から臓器はリンパも含め、できるだけいっぱいとったほうがいいと教え込まれてきて、そこに対してあまり疑問を抱かないのね。
草野 でも近藤先生は疑問を持ったんですよね?
近藤 うん。僕は学生時代から、何かにつけて質問魔だったからね。
草野 へぇー。
近藤 出ない講義もいっぱいあったけど、わざわざ授業に出るからには記念になることをしようと思って。講師の話をよく聞いてそこに矛盾がないかとか、言い足りてないことがないかとか、無理矢理にでも質問の種を見つけてね。講義に出たときには必ず最後に質問をする。それは自分の頭で考える訓練になったと思います。医者になってからも、論文はとりあえず学者が書いてることだから一応尊重するけれど、自分で治療をやってみるとおかしいと思うことが出てくるんです。僕はそこを徹底的に研究していったわけ。
マンモグラフィ検診で
乳房切除が増えた!?
草野 乳がん治療に関して言えば、温存療法は普及したし、昔に比べたら状況はよくなっているのかなあと思っていたんですけど、近藤先生の『女性の医学』を読んで、最近、マンモグラフィ検診で乳がんが見つかって、早期発見にもかかわらず、乳房を全摘する手術が増えていると知ってびっくりして!
近藤 マンモグラフィでしか発見できないような乳がんのほとんどは、〝非浸潤がん〟といって、微小な石灰化したがんが乳管の中を伝って乳房の中を広がる傾向があるため、温存療法では取りきれないという理由で、全摘になってしまうことが多いんです。にもかかわらず、非浸潤がんのほとんどは、乳管の中にとどまり周囲の組織にがんが侵入(浸潤)することがなく、命を脅かすことはないんです。
草野 がんが命を奪うか奪わないかは転移の有無なんですよね。肺や肝臓、脳など重要な臓器への転移がなければ死ぬことはない、と。
近藤 その通り。実際、乳がんの早期発見キャンペーンの影響で、マンモグラフィ検診が盛んに行われるようになって、がんの発見数は80年代と比べると3倍にも増えたにもかかわらず、乳がんの死亡数は減っていません。乳がん検診でみつかる早期がんのほとんどは、放っておいても転移せず、命を奪わないタチのいいがんだということです。僕はこの無害ながんを〝がんもどき〟と命名しています。
草野 『女性の医学』に、マンモグラフィで乳がんが発見されたけれども、自分の意志で何もしないことを選択して、25年も異常なしという患者さんのケースが紹介されていましたね。
近藤 彼女のがんは乳管内を3cmの範囲で広がっていましたが、何年経っても変化がなく、ずっと元気ですよ。僕は乳がんの非浸潤がんは、女性ホルモンに対する反応が強く出た、乳腺症の一種と考えています。2013年には、アメリカの国立がん研究所が「(乳房の非浸潤がんをはじめとする)がん検診で見つかる、死に至らない腫瘍を〝がん〟と呼ぶのをやめよう」と呼びかけています。また、2014年5月には、スイスの医療委員会が、マンモグラフィによる乳がん検診を廃止するように勧告しています。
草野 肺がん検診の無効性についても、近藤先生は肺がんの集団検診が死亡率を下げる効果がないという比較試験のデータをもとに、ずいぶん早くから主張されていましたよね。結局、欧米では肺がん検診自体廃れましたが、日本では未だに集団検診が行われています。マンモグラフィ検診についてはどうなっていくんでしょうか?
近藤 残念ながら廃れることはないでしょう。マンモグラフィ検診の無効性を認めてしまうと、がん診断の体系が根本から崩れてしまう。すると、仕事が激減する人たちや、既得権を失ってしまう人たちがいっぱいいるからね。
草野 医療は科学的根拠に基づいているのではないんですか?
近藤 そう。医療は科学じゃない。医療は需要と供給で成り立っているんです。それは世界中で言えることで、韓国では、早期発見キャンペーンで甲状腺がんの発見数がここ20年ほどで約15倍になっているんだけど、死亡率は昔と全然変わっていないの。結局、がんもどきを発見された挙げ句、甲状腺や副甲状腺を切り取られて、声が出にくくなったり、一生薬を飲み続けなくちゃいけないとか、ひどいことになってる。
草野 うーん、それが実態なんですか……。でも、がんは放っておくとどんどん進行して、死に至るという刷り込みがあまりにも根強いから、がんと診断されると焦って自分で治療を選択する心の余裕も持てず、医者にすすめられるまま、体に負担の大きい治療を受けてしまう人が多いんでしょうね。
近藤 QOL(生活の質)を落とすだけじゃなくて、1回の抗がん剤で死んでしまうことだってあるからね。本にも書いたけど、がんの成長はゆっくりで、10年以上かかってやっと発見されるまでの大きさになるんです。しかもがんは増大するにつれ、成長速度が鈍ってくることが多い。だから、がんと診断されたら、まずは心を落ちつけて、しっかり治療法を検討することです。治療をせかす医者もいるけれど、それは手術に誘導するための根拠のない脅し。僕が紹介している外科医のところで手術を予約している人たちは4〜5カ月待ちですよ。
草野 急がば回れですね。それでも、いざがんになったら不安だろうなあ。私だったらパニックになって焦りまくると思います。
近藤 僕のところにセカンドオピニオンにくる患者さんの中にも、「いろいろ説明を聞いてもやっぱり不安だ」と言う人がいます。その不安を取り除くためにはね、勇気を持つんじゃなくて、「知性と理性を持て」と言ってるんです。
草野 それはまさに心理学におけるストレス対処法のひとつでもありますね。困難な状況に直面したとき、冷静に多角的に情報を集めてじっくり考える。その際に、近藤先生の発信している情報はとても助けになると思います。
近藤 知性というのは本を読んだりして情報を集める力。理性というのはそれを元に考える力。それが欠けていると不安感と恐怖には対抗できません。
草野 初期の近藤先生の患者さんたちは、まさに理性と知性で乳房温存療法を選び取ったという感じですよね。インターネットも普及してない時代、探しに探して近藤先生に辿りついた、とっても意識的な人たちでした。
近藤 ほんとほんと。逆境にもめげないで、自分で治療法を選び取ってきた女性たちは、その経験が自信となって、その後の人生も明るく前向きに送っていますよ。 医療を変えて行く鍵は、女性にある気がしているんだ。草野さんもがんばってね。
草野 は、はい〜(汗)。
(第2回はダイエットやコレステロールなど、Our Age世代が気になるあれこれを草野いづみさんが近藤先生に直撃。お楽しみに!)