十和子道第21回「私の個性的な姑のこと」

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1966年生まれ。モデルとして活躍後女優に。1996年、結婚を機に芸能界を引退。現在は自身のコスメブランド「FTC」のクリエイティブディレクターとして数々のヒットを生み出している。2女の母。

★約1年にわたり連載してきた「十和子道」がついに書籍となります(発売は2016年10月5日(水))。

ただいま連載第1回目、9回目、21回目をOurAgeでお読みいただけます。

 

先日知人の女性とお茶をいただきながら、たわいもない愚痴をこぼしていたら、「人生に起こる悩みのほとんどが人間関係の悩みらしいよ」と、横にいた主人が一言。

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なるほど…

人と人の関係が生じるところに、悩みはもれなくついてくるのかもしれません。

 

夫婦関係、家族関係、仕事の仲間関係、友人関係…いろいろな人間関係がありますが、中でも、少々やっかいな上に業の深さを感じさせ、そのくせとかく揶揄されがちなのが嫁姑といわれる関係でしょう。

 

嫁と姑とは「血の繋がらない母と娘」

……微妙でドメスティックな関係です。

 

私にも個性的な自慢の姑がおります。

 

姑つまり義母は気骨があって、自分の意思を決して曲げない気丈夫な美しい人です。

 

人や世間に決して媚びず、おもねらず、ご自分のペースで生活しています。

 

長年自ら会社経営をしていた事もあり、少なからず味方ばかりではなかったかもしれませんが、己の人生を戦って戦って勝ち抜いてきたキャリアウーマンです。

 

 

今でも思い出すのが、私のお嫁入りが決まって、両家で話し合いをしたときのこと。

 

 

義母は

「息子には数々の縁談がありました。

世界中にいくつも別荘を持っているような実業家やフランスの貴族や江戸時代から続く名家からも、結婚のお話をいただいていました。

けれど私はそういう家のお嬢さんなんか少しも興味がなかった。

その点十和子さんは女性が仕事をすることの苦労を知っている方だから、お嫁に来てくれることに賛成した。

 

うちは商家なのだから、夏休みのたびに“それでは子どもたちと一緒に実家の別荘に参ります”と自分の親許で過ごしたがるような方では、とてもつとまらないと思いました」

と、うちの両親の前で、それはもうはっきりと断言しました。

 

褒められているのか、それとも違うのか…。

 

 

私も両親も「全くもって我が家はただただ普通の家と普通の娘です」と、恐縮するしかありませんでした(笑)。

 

しかし義母が裏表のある人ではないということは、結婚後すぐにわかりました。

 

義母の正直な気性をご存知の方からは「お姑さんとの同居生活は気苦労があったのでは?」とよく言われますが、気苦労が絶えなかったのは義母の方だったと思います。

 

なにせ私は「得意料理はゆで卵です!」という不肖の嫁でしたし、洗濯機を使うのも初めてという家事は何もできない有様で嫁いだのです…。

 

義母が洗濯機を前に「十和子さん、いい?これがスタートのスイッチよ。そして、これが洗濯洗剤」と、まさにイチから手取り足取りで教えてくれたものです。

 

 

結婚して義母と同居した8ヶ月間は、朝から午前中いっぱいをかけて

・部屋の掃除の仕方(天井のホコリ取りから玄関の上がりかまちの拭き方まで)

・アイロンのかけ方

・銀器や漆器の手入れ、ガラスや陶器などの食器の扱い方

・洗濯の仕方、干し方、畳み方

などを習い、それが終わるとようやく義母は仕事へ出かけていきました。

 

 

そして夕方、仕事を終えた義母が帰宅すると同時に、その日のご飯の支度をしながら、

・野菜の下ごしらえの仕方

・主人の好きなお味噌汁、料理など味付けの加減

そして

・お鍋の洗い方

・汚れたふきんの始末の仕方

を教わりました。

 

 

仕事を持つ女性の家事の進め方を最も近くで学ばせてもらったと思っています。

 

 

義母と同居していた時間は主婦として、妻として、母として生きる私の財産になりました。

本当に貴重な時間、得難い時間だったと、今になってしみじみと思います。

そしてあの8ヶ月間は「花嫁修業」というよりむしろ「君島商会の新人研修」に近かったような気がします(笑)。

 

主婦としての基本的な仕事やふるまいはもちろん、商家である君島家の「働く女性」としての心積もりや覚悟までも教えられていたと思うのです。

 

お嫁入りしてから20年が経ちました。

 

 

義母はいまだに「十和子さんが苦労人でよかったわ」と、口癖のように言います。

 

 

そんなに苦労人だとアピールした覚えはないんですけれど(笑)。

 

 

義母は働く女性に何より理解と尊敬と愛情のある人で、私が主人と化粧品ブランドを立ち上げ、その代表として拙いながらもここまでやってこられたのは、その思いに支えられたからこそ。

 

 

入籍直後、私にはまだ女優として「明治座」での最後の仕事が残っていました。

 

実は当時、千秋楽まで毎日、義母に舞台で使った足袋や肌着まで洗ってもらい、手作りのお弁当を渡され、劇場に送り出してもらっていたのです。

★「十和子道」が書籍になります! 気になる内容は試し読みができます

また書籍化決定にあたり、十和子さんから動画メッセージが届いています。

動画はこちらの記事からご覧いただけます


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  • コメント(1)

    十和子さま
    再び失礼いたします。
    十和子道とは、義理のお母様の教えだったのですね…
    その思考には、間違いは何もございません。
    ある意味、義理のお母様とは、愛人という肩身の狭い方でいらっしゃったわけでございましょう?…
    こんなにすてきな人間性を抱いていた方だったのですね…
    私などは、義理のお母様ほどにはできてはいない人間ではございますが、生きる思考は大変によく似ているかと…
    内面は確かに、女力のない「おっさん」ですもの。

    十和子さんの生き方が女性として、一番幸せな生き方を実践なさっておられる幸福な生き方と思います。
    とてもすてきなお父様とお母様ですもの…
    お嬢様方もお幸せになるに決まっている人生の良き先輩…
    これからもお幸せにお過ごしください。

    薔薇 - 2016年10月11日 13:54
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