【お話を伺った人】
サッチーさん
大学を卒業後、広告代理店に就職。販促用リーフレット等の編集業務を担当し、30歳でフリーランスに。結婚・出産後は保育園に息子を預けて多忙な日々を送る。そんな激務生活から一転。49歳で保育士資格をとり、現在は派遣保育士として勤務中。
激務のワーキングママ時代を支えてくれた保育士へのリスペクトが原点
保育士というと、大学や短大、専門学校で保育士養成課程を修了し、新卒で就職するというイメージが強いかもしれませんが、通信教育などで学び「保育士試験」に合格するという方法もあります。そして、こうした方法により、40代、50代で保育士資格をとり、異業種から転身する女性も多いようです。今回登場するサッチーさんもその1人です。
Q.保育士になろうと思ったきっかけは?
サッチーさん: 息子を出産したのが34歳のとき。当時はフリーランスで広告関係の冊子の編集をしていました。やりがいのある仕事を任されていたこともあり、忙しいながらも楽しく仕事をしていました。
そんな中、結婚・出産。息子は8ヶ月から保育園に預けて、仕事に復帰しました。朝7時に家を出て帰宅するのは夜の11時ということもザラにある日々。イベント関係の仕事をしている夫も同様に多忙でしたし、近隣に頼れる親もいませんでしたので、息子は保育園に預けていました。さらに保育園の預かり時間以外は、自宅にベビーシッターさんに来てもらっていました。
この頃、私は周囲に「子育てが楽しい!」と言っていたと思いますが、そう言えたのは子育ての本当に大変な部分のほとんどを、保育園に助けてもらっていたからだと思います。それでその頃、私の中に「保育園ってすごい。保育士さんすごい」というリスペクトが生まれました。
同時に、自分自身も子育てについて、いろいろ知識をつけたくなりました。それで、「子育てのプロである保育士になるための勉強をすれば、子育てのことがわかるようになるのでは?」と思い、保育士の資格取得の通信講座に申し込みました。でも、このときは、送られてきたテキストを読んだだけ。添削は1回も提出しないまま。そんなことをしているうちに、息子も小学校に入学し、保育士資格取得への興味はいったん二の次、三の次になりました。
その後もう一度、保育士という仕事に目を向けるようになったのは、息子が10歳になった頃。息子が所属していた野球チームで、父母会の世話役を引き受けました。わが家は1人っ子でしたので、日常的にかかわる子どもといえば息子だけでしたが、少年野球チームのサポートとなると毎週末、何十人ものお子さんと一緒に過ごすことになります。これが、私にとってはすごく衝撃的な経験でした。わが子とは性格も行動パターンもまったく違う、本当にいろんな子がいてびっくりしました! そして、それぞれみんな可愛くて、愛おしいんです。
そして「子どもとかかわるのって面白い」と改めて思うようになり、編集の仕事がちょうどひと区切りついたところで、保育士の仕事に就くことを考えるようになりました。
サッチーさんが保育士試験の実技「造形」の試験用に練習した習作。テーマは「園庭で遊ぶ年長3人と保育士1人」
実技試験を通して「絵が苦手」というコンプレックスと向き合う
Q.保育士になるためにはどんな試験があり、どうやって勉強をしましたか?
サッチーさん:試験には学科と実技があります。学科の試験科目には、保育原理をはじめ、社会福祉や保育の心理学、子どもの食と栄養など9科目があり、これらすべてに合格すると実技に進むことができます。
実技は、1.音楽(ピアノ)、2.造形(絵を描く)3.言語(本を使用せずに話を聞かせる)、という3分野があり、この3つから2つを選んで受験します。私は、造形と言語を選びました。子どもの頃、ピアノを習っていたので普通に考えれば音楽を選ぶところですが、実は「絵が苦手」というのが長年のコンプレックスでしたので、この機会にそれと向き合いたいと思い、あえて造形を選びました。
デッサンの本なども買って練習しましたが、この試験で求められているのは、特別に絵が上手であるということよりは、「出題されたテーマで求められている条件」をいかに正しく理解して、絵にそれを表現できるかということなのではないかと、さまざまな教本やネット情報から考えました。また、ただサラッと表面的な設定を描くだけでなく、テーマを表現しようという熱意なども試験されているのかなと思いました。
場面と登場人物とそこで行われていることをテーマに絵を描く練習を繰り返したそう。時間内に素早く描き終えられるよう、紙面をスムーズにすべる色鉛筆を揃えた
まずは、資格なしOKの補助業務からトライ!
Q:最初の仕事はどうやって見つけましたか? 50代・未経験でも保育士の求人はたくさんあるのでしょうか?
サッチーさん:私も、40代半ばで保育士資格取得の勉強を始めたものの、50歳を過ぎて就職先があるのかという心配はありました。また、それよりもまず、編集というまったく違う分野で働いていた自分が、保育士として勤務できるのかということが心配でした。
そこで、保育士資格取得の勉強をしながら、まずは保育の現場を見てみたいと思っていたところ、住んでいる区の保育室で保育補助の仕事の募集を見つけました。その仕事は補助なので、資格がなくてもOK。1日6時間で週3日勤務でしたので、これならできそうと思って始めました。仕事内容はおもに掃除などの雑用で、子どもとは基本的にはかかわらない業務。それでも、保護者としてではなく、実際に職員として保育園を見ることができたのはよい経験でした。そして、もっと本格的に子どもとかかわりたいという思いが強くなり、保育士資格取得に対する自分の気持ちを再確認できたこともよかったなと思います。
その後、無事、保育士資格を取得したので、区の職員募集に応募したのですが、これは狭き門で残念ながら不採用。ちょっと心が折れそうになりましたが、せっかく資格を取得したのだし、ここで働き始めなかったら、きっとそのまま保育士として働くことはなくなってしまうと思い、保育士バンクと呼ばれる、保育士の派遣会社に登録。現在勤めている私立の保育園にパート勤務することになりました。現在は週に4日、9時から18時までの8時間勤務。時には遅番として遅めの時間帯に勤務することもあります。
サッチーさんが保育士試験の実技「造形」の試験用に練習した習作。テーマは「保育室を掃除する年長3人と保育士1人」
「命と心を守ること」を第一に。あとは楽しく、子どもの成長を温かく見守りたい
Q. 現在、保育士として、どんなお仕事をされていますか?
サッチーさん:私は派遣で非常勤なこともあり、正規職員の保育士さんたちのサポートがおもな業務です。シフトや振替休日(保育園は土曜日も開園)の関係で、担任の先生が不在のクラスに代理で入って保育をしたり、担任の先生の手の回らないことを引き受けて、少しでも保育が円滑にできるよう、準備や片づけをしたりします。
また、クラスのみんなで絵を描くとか、歌を歌おうとか、何かやろうとしているとき、どうしてもそれに参加したくないという気持ちの子がいたら、その子と一緒にその子のしたいことをする、というようなことをしています。
私がしなくてはならないことは唯一、「命と心を守ること」だと思っているんです。子どもたちが安全で、安心して、楽しい気持ちでのびのびと過ごすことだけを一緒にしていこうと考えているので、本当に毎日が楽しいことばかりです。
確かに、子どもを相手にするということは体力勝負というところがあるので、50代にはかなり厳しいなと思うことも多いです。それでも自分では、「自分史上、今が一番健康的な生活」だと思っています。こんなにも太陽を浴びて、走り回って、子どもたちと笑い合う日々が私に来るとは! もちろん、自宅に帰るとぐったりでそのままウトウトしてしまうこともしばしばですけどね。
ただ、逆に、年齢を重ねて保育士になってよかったこともたくさんあります。子どもがゴネたとしても、「いいよいいよ、大丈夫」と温かく見守るというような、少し余裕のある接し方ができます。また、職員同士のちょっとしたすれ違いも、「そういう日もあるよね」と、ゆるく受け流すことができます。これはやはり前職で、ヒステリックな上司やナーバスなクライアントとのやりとりを乗りきってきた経験が生きているのかなと思います。
サッチーさんが保育士試験の実技「造形」の試験用に練習した習作。テーマは「保育室で自由に遊ぶ年少3人と保育士1人」
保護者、同僚の保育士をサポートしつつ、さらに自分の学び直しもより深く!
Q:今後は保育士として、どのように働いていきたいですか?
サッチーさん:現在、働いている保育園での勤務がそろそろ3年になります。すごく働きやすい職場なので続けたい気持ちもあり、フルタイムの職員にというお話もありますが、そこまでできるかどうか、まだ決めかねている状況。自分の体力や目指す生き方と相談しながら検討しているところです。また、他の保育園を見てみたいなという気持ちも少しあります。
ただ、子どもとの信頼関係というのは、ひとつひとつ段階を踏んで距離を縮めていくもの。そういう意味では、長くひとつの保育園にいることに価値があることもわかってきました。入園したばかりのときは、私の顔を見るとさっと逃げたような子がだんだん一緒に遊ぶようになって、私の介助でご飯を食べるようになる。やがて、おむつ替えもさせてくれるようになり、私の手を握って寝つくようになる。そして気がつけば、自分から私のところに近づいてきて、膝にちょこんと乗っている。そんなことがあると、「あぁ、一緒に過ごす時間が心を繋いでくれるんだなぁ」と、たまらなく愛おしいですね。こうしたこともあって、今の保育園を離れがたくなっています。
保育士は、50代以上でも正規採用の募集はありますし、補助保育士(パート、派遣)として、60代、70代の人も活躍しています。働き方は柔軟で、午前中だけ、とか夕方3時間だけといった働き方もあります。年齢をさらに重ねていったら、そういう働き方で続けていきたいです。
保育士不足が慢性的に言われている昨今。若い保育士さんは結婚・出産で2−3年職場を離れることも多いです。また、復職してからも、子育てがありますから、早朝や夜間の勤務が難しいこともあります。そういう場合、私のような年代の子育てもほぼ終了して時間に余裕のできた人が、短時間での穴埋めという形でサポートし、お役に立てたら嬉しいですね。
そして自分としては、保育についてもう少し学びたいと思っています。今は発達についての学びを深めて、業務に役立てて行きたいと考えています。
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【資格PickUp!】
保育士
保育士は国家資格のひとつ。「保育士」と名乗って働くことができるのは、この資格を所有している人だけです。
保育士資格を取得するには、以下の2つの方法があります。
①保育士試験に合格して取得する
②養成校(専門学校・短大・大学)を卒業して取得する
保育士試験は年に2回実施されています。
独学で目指すほか、通信講座の受講、またはスクールに通って試験合格を目指します。
【参考リンク】
全国保育士養成協議会
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取材・文/瀬戸由美子