【お話を伺った人】
リハビリの専門家として病院に勤務するかたわら、家族3人(認知症の祖母、重度身体障害の母、知的障害の弟)の介護を20年以上にわたって一人で行う。自分の介護体験と、病院勤務の経験、心理学やコーチングの学びを生かし、これまで2000件以上の介護相談にのる。介護者のケア、介護と仕事の両立、ヤングケアラー問題、グリーフケアに取り組むほか、医療/介護/福祉従事者自身のケアや職場環境作りにも注力。自身も元ヤングケアラー。
努力や根性、家族愛で介護はできない
橋中今日子さんは、2013年にブログ「介護に疲れたとき、心が軽くなるヒント」をスタート。自身の21年にわたる長い介護生活の経験と、理学療法士として病院に勤務し、さまざまな介護のケースを見てきた経験をもとに、日々の介護が少しでも軽くなるコツについて発信を始めました。
するとこのブログは、またたく間にブログランキングの1位に。介護の悩みを一人で抱えて苦しんでいる人たちがこんなにも多いということに、改めて驚いたそうです。そして橋中さんのもとには、全国から介護の悩みが寄せられるようになったといいます。
「努力や根性、家族愛で介護はできません。どんなに愛があっても、介護する人の体と心は疲れるのです」と橋中さん。そこで、橋中さんが提唱しているのが、介護保険制度やサービスをフル活用した「がんばらない介護」です。
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セトッチ:橋中さん、はじめまして。私は80代後半の両親と同居していまして、「そろそろ介護が始まるのかなぁ」と不安です。というのも、介護中の友人から話を聞いたり、新聞や雑誌などで介護体験談を読んだりすると、なんだかとても大変そうです。汚物の処理をしたり、夜は何度も起こされて眠れなかったり、外出できない、仕事を辞めることになったなど。とても自分がそうした介護をできるとは思えず…。自信がありません。
橋中:なるほどね。でも、自信がある人なんていないので安心してください。そしてその怖いと思う気持ちと愛情の有無は何も関係ありません。セトッチさんは今、お化け屋敷に入る前に外に並んでいて、中から聞こえてくるキャーキャーという悲鳴を聞いて怖くなっている、という状態ですね。お化け屋敷って、入る前がいちばん怖いんですよね。何が起きるかわからないから怖い。得体の知れないものは誰だって怖いですよ。
セトッチ:では、中に入ってしまえば怖くなくなるのでしょうか?
橋中:そうですね。怖いという感じではなくなるでしょうね。もう、怖いとか言っている場合ではなくなる。やるしかないということなんですが。
ただ、保険制度や介護サービスをフル活用して「頼るべきときに、頼るべきところに、きちんと頼ること」ができれば、介護は一人で抱え込まずにすむということがわかってくると思います。
もちろん、そうしたものを活用したからといって、介護は「楽しく」はなりませんし、「楽になる」という言い方もできません。大変なことはいっぱいあると思います。でも、想像していたよりも負担なく対処できる方法が、実はたくさんあるんです。でも、こうした制度や情報につながることができずに苦しんでいる人も多いということに気づき、なんとかできないものだろうかと考えてきました。
セトッチ:確かに。私は介護の知識ゼロなので、もし今、急に介護をすることになったらどう行動したらよいのか…。全然わからないのが、いちばんの不安かもしれません。
橋中:そうですね。ほとんどの人が「よくわかっていない」と思います。誰だってそうですよね。介護なんて大変そうだし、つらそうですから、目を逸らしたくなるし、考えたくないというのが普通だと思いますよ。脳というのは、そういうふうに直視したくないものをブロックするようできているので、仕方がないんです。
要は防衛本能。そして思考停止状態になるんですね。セトッチさんが怠け者なわけでも、親不孝なわけでもないですよ。今まで何も行動してこなかったことに罪の意識を感じる必要はありません。
そして、介護の制度というのは複雑なものもありますから、すべてを理解する必要はなくポイントを押さえておくだけでいいんです。
「名もなき介護」は静かに、ゆっくり始まっている
セトッチ:先日話していた友人はまだ介護が始まっていなくて、認知症になった母親は父親が見ているそうです。娘である自分は、その父親の介護の愚痴を聞くとか、休日に週に1回の買い物に付き合うとか、その程度だけれど、介護がいよいよ始まったらどうしようって…不安だと言っていました。
橋中:あら。そのお友だちがしていることはすでにもう立派な介護かなって、私は思いますよ。
昔、「介護は突然始まる」とよく言われていました。それはなぜかというと、以前は、脳卒中とか骨折などの大きな疾患やケガがきっかけで、ある日突然、要介護状態になることが多かったからなんです。
このように急に始まるのももちろん大変ではありますが、こういう場合、救急車で運ばれて入院してという、病院から介護がスタートします。そうなると、入院中に病院側から「身体障害者手帳を取りましょうね」とか、「次はこの施設に移りましょう」とか「在宅介護ならこういうところで相談して」とか。そのときに必要な情報を的確にもらうことができます。
セトッチ:介護生活のレールに自然に乗ることができるということでしょうか?
橋中:そうですね。一方、最近私が感じるのは、「介護は静かに、いつのまにか始まっている」というケースが多いということです。なぜかというと、2017 年以降、介護が必要になる原因の 1 位は認知症なんです。
認知症にはいろいろなタイプがあって、脳卒中などの脳疾患が原因で始まる認知症は突然始まりますが、認知症の中でも患者数が最も多いといわれる「アルツハイマー型認知症」の場合、軽いもの忘れから始まって、 その症状は10 年くらいかけて徐々に進むと言われています。
こうして徐々に認知症が進んでいる段階で、家族が担うことになっていく家事などの負担が、実は想像以上に大きいんです。でも、この状態だと家族も介護しているという意識がまだあまりないんですね。
「名もなき家事」という言葉をご存じでしょうか。炊事・洗濯・掃除といったいわゆる「家事」という言葉に当てはまらない、でもやらなくてはならない、こまごまとした雑用のことを指します。
セトッチ:冷蔵庫の中を整理する、掃除機にたまったゴミを捨てる、洗濯物をたたんでたんすにしまう、各部屋のゴミをひとつにまとめるなどですよね。こうした小さな家事に割いている時間が、実は一日の中でかなり大きいのだという話ですよね。
橋中:そうですね。こうした「名もなき家事」ができなくなってきて、家族が代わりにやるようになるということを、私は「名もなき介護」と名づけました。名もなき家事の負担が家族にかかるようになったら、それはもう介護と呼ぶのではないかなと思います。また、要介護者の話し相⼿をすることや、⾃分が介護でつらいという感情をコントロールすることも、「感情労働」といい、名もなき介護にあたります。
でも、この段階だと、行政の相談窓口に行く人はあまりいないんですね。「まだこれぐらい大丈夫」とか「これぐらい頑張らなくてどうする」とか「もう少し大変になったら行こう」とか。忍耐とか根性論で頑張ってしまいがちです。
そして、介護が始まっていることに自覚がないまま介護トラブルに直面していきます。さらにこうした「名もなき介護」の段階は、周囲の理解を得ることが難しいということも大きな負担となります。
そんなふうに頑張ってしまっているうちに、介護者の体と心は疲弊してしまい、大きなダメージに。回復に何年もかかるような状態に陥ってしまうケースが非常に多いです。それはぜひ避けていただきたいというのが私の願いです。
なんでも相談できる「地域包括支援センター」とできるだけ早めにつながっておく
セトッチ:でも、名もなき家事ができなくなってきたというくらいでは、介護の相談には乗ってもらえないですよね?
橋中:いえいえ、そんなことはありません。逆に、それくらいのごく軽い状態のうちに、できるだけ早めに、そういう状況の高齢者がこの地域にいるということを知ってもらうために、まずは相談窓口を訪ねてみてください。
というのは、一度相談に行っておくことで、何か困ったことが起きたときに「初見」ではなくなります。この「初見でなくなる」ということがとても大事。何度か相談していて、状況をあらかじめわかってもらっておくことで、何かあったときの対応も早く、的確になります。
セトッチ:なるほど。かかりつけの病院をつくっておくというのに近いですかね。では、どこに行けばいいのでしょうか?
橋中:まずはその地域の「地域包括支援センター」に連絡してみてください。「地域包括支援センター」とは、高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けるために、「住まい」「医療」「介護」「生活支援」「介護予防」のサービスを受けられるよう、包括的にサポートする役割を担う組織です。全国に約4300施設(支所も含めると約7000施設)あり、各市区町村に設置されています。
セトッチ:どんなことを相談できるのでしょうか?
橋中:なんでも…ですよ。「地域包括支援センター」は、簡単にいうと高齢者のための「よろず相談所」のような存在。例えば、「高齢両親の足腰が弱ってきているので、運動させるにはどうしたらいいですか」「耳が遠くなってきた父親が、母親を大きな声で怒鳴るようになって困ります」「最近は食事がかなりいい加減になってきて栄養が偏っている」とか。「一人暮らしの親が高価な壺を買わされたようだ」なんていうことでもOK。なんでもいいんです。
そして、なんといっても地域包括支援センターに相談するメリットは、介護に関する相談にワンストップで対応してくれることです。ケアマネジャーが介護を、保健師が医療を、社会福祉士が権利擁護に関する相談を、といったように、それぞれの専門分野に関して対応しながら、チームで連携して問題を解決する体制が作られています。
セトッチ:そんなありがたい機関があることすら知りませんでした…。
橋中:今すぐ何かしてほしいというわけではないけれど、離れて住んでいるのでこういうことが心配、ということを伝えておくとよいですね。もし、センターのほうで、ちょっと見ておく必要があると判断すれば、訪問もしてもらえますしね。まずは、そういう「つながり」を持つということが大事です。
セトッチ:確かに、そんなふうになんでも相談できるところがあるんだ…と知っただけで、ちょっと気持ちが軽くなりました。
橋中:スマホで検索すれば簡単に見つけられるので、不安を軽くするためにも早めに調べて、一度連絡をしてみるといいですね。地域によって、名称が違うこともあります。「安心すこやかセンター」とか、独自の名前をつけている地域もあります。でも、検索をする際には、「地域名」と「地域包括支援センター」で検索すれば、最寄りのセンターが見つかりますよ。
介護が不安だという人に、私がまずお伝えしたいことは、「一人で頑張らなくてもいいんですよ」ということ。介護保険制度やサービスを利用することは、病気やケガをした際に病院に行くことと同じ。ためらったり、引け目を感じたりする必要はないです。
介護未満の人が不安を解消するために、まずやるべきこと。それは、相談窓口をきちんと押さえておくこと。これに尽きます。
写真/Shutterstock 取材・文/瀬戸由美子