お尻の構造と肛門の働きについて知っておこう
肛門は消化管の出口として、排泄機能を担う場所。私たちが便意を感じた際に排便を我慢できるのは「内肛門括約筋」や「外肛門括約筋」を自分の意思で収縮させ、肛門をキュッと締めることができるからです。
と同時に、肛門部の密着をよくしてくれるのが、小さな血管が網目状に集まっている「外痔静脈叢(がいじじょうみゃくそう)」と「内痔静脈叢」という部分。これらの静脈叢は、いわば“肛門部のクッション”のような働きをしている場所です。
「実は、この“肛門部のクッション”が痔核のもととなっているんですよ。私たち人間は直立の姿勢で二足歩行していますから、ちょうど肛門のあたりに重力がかかりやすく、年齢を重ねるとともに、肛門周囲の静脈叢がうっ血しやすくなります。”肛門部のクッション”は、いわば痔核(いぼ痔)の発生母地。つまり、誰もがごく軽度の痔核を持っているということです」(高橋知子先生)
肛門の内側の内痔核が痛くならないのはどうして?
肛門は、大腸の粘膜と肛門上皮(皮膚)が隣接する特殊な場所。イラストのように、「歯状線」という境界線を境にふたつの組織が分かれています。
「歯状線を境に、上の粘膜には痛覚がありません。そのため、大きくなった内痔核が排便時に傷ついて出血したとしても、肛門の内側にとどまっている限りは痛みを感じることがないのです。一方、歯状線より下の上皮には痛覚があります。そのため肛門のふちにできた小さな痔核がうっ血し、血豆のようになる「血栓性外痔核」ができたときには、強い痛みを感じます」
例えば内痔核が大きくなったり、複数の内痔核があったりしても、歯状線より奥にとどまっている場合は痛みを感じません。そのため、「自分には内痔核がある」と気づいていないケースが多いのだそうです。ただし、大きくなった内痔核が肛門の外に飛び出したままの状態となり、それが肛門で締めつけられてしまった場合には激しい痛みを伴います。
痔になりやすい人と、なりにくい人の違いとは?
女性に多いのは、肛門の周囲にいぼのような膨らみができる痔核(内痔核・外痔核)と、肛門が傷ついてしまう裂肛(切れ痔)です。高橋先生によれば、痔核はトイレにこもって長時間頑張ってしまう人、便を出しきろうと強くいきむのを繰り返す人に多いのだそう。つまり、便秘がちで、排便時に強い腹圧をかける習慣がある人は痔核がうっ血しやすく、症状が進みやすいのです。また、裂肛は便が硬い人だけでなく、下痢しやすい人のどちらにもリスクがあります。
「また、日頃から姿勢が悪い人は骨盤底筋が緩みやすく、肛門のあたりにダイレクトに腹圧がかかりやすいといえるでしょう。排便時に背中を丸めた姿勢でいきむ人も、痔核のうっ血を招きやすくなります。逆に、痔になりにくい人というのは、トイレで強くいきむことがなく、普段からよい姿勢で過ごしている人たちですね。日頃の何気ない生活習慣が痔を招くか否かに影響するということです」
<痔になりやすいのはこんな人>
・便が硬い、または下痢しやすい
・排尿・排便時にいきむ習慣がある
・トイレにこもる時間が長く、排便に5分以上かかる
・重い荷物を持つなど、腹圧がかかる作業をすることが多い
・姿勢が悪く、猫背の姿勢になりやすい
痔核はⅠ度やⅡ度でも出血したり、肛門の外に脱出することが!
誰もが軽度の痔核を持っているのだとしたら…。そもそも、どの段階から痔核と診断されるのでしょうか?
「『痔核が腫れる』『肛門の外に飛び出してくる』『痛みを伴う』など、不快症状がみられるようになると『痔核』と診断されます。内痔核が大きくなってくると、たびたび肛門の外に飛び出してくることがあり、『指で戻すのがストレスになってきた』と受診される方もいらっしゃいます。内痔核にはⅠ~Ⅳ度までの4つの段階があり、それぞれの症状は以下の通りです。QOLに影響を及ぼすのはⅢ度以上ですね」
<内痔核の症状の進行>
うっ血した痔核が肛門内部にあるだけの状態。外に飛び出してくることがほとんどないため、気づいていない人が多い。
うっ血した痔核が排便時に肛門の外に飛び出してくることがあるが、排便後には自然に戻る。そのため、この時点でも気づいていないことが多い。
肛門から内痔核が飛び出してくることに気づくが、指で押し込むと肛門の内側に戻すことができる。肛門外へ脱出する頻度が多くなると、ときに随伴裂肛(ずいはんれっこう)という痔核の根本にできる裂肛で、強い痛みが出ることもある。
内痔核が常に肛門の外に飛び出したまま。指で押し込んでも戻らなくなってきた段階。常に痔核が脱出しているため、下着とこすれて出血しやすく痛みを伴うこともある。
「痔かも」と思ったら、市販薬は使ってもいいの?
排便時に肛門が切れたときや、肛門のあたりがうっ血して「痔核かも」と思ったとき、市販の軟膏を使うこと自体は問題ありません。ただ、自己判断で長期間使用するのは避けましょう。
「市販の軟膏の中には、炎症を抑える働きのあるステロイドを含んでいるものもあり、ステロイドは長期にわたって使用すると副作用を生じる心配があります。私たち医師が軟膏を処方するときも、使用期間は最長1カ月です。ですから市販薬を使用する場合も、1カ月以内にとどめる分には副作用の心配はないと思います」
容器に記載された使用期限内なら、ずっと使っても問題ないのかな? と思ってしまいがちですが、高橋先生によれば、「また腫れちゃったから」と市販薬をダラダラと使い続けるのはよくないそうです。
「もしも腫れや出血などの症状が改善しないとき、いったんおさまっていた症状がぶり返したときには肛門科や消化器外科を受診して、医師にチェックしてもらいましょう。なぜなら『実は大腸がんだった』というケースもあるからです。特に『便器が真っ赤になるほどの出血』がみられたときには、市販薬を使用するよりも早めに受診してください」
【教えていただいた方】
東京女子医科大学卒業。亀田京橋クリニックにて、全国でも珍しい直陽と肛門の疾患に特化した「女性のためのこう門・おつうじ外来」を担当。専門分野は肛門疾患、排便機能障害、分娩後骨盤底障害。女性たちの便秘や痔、便失禁、直腸脱などのトラブルに対して、専門的な治療とともに生活指導を行っている。
イラスト/内藤しなこ 取材・文/大石久恵