肩や腕を動かすと痛みが走る「四十肩」「五十肩」。
病名は「肩関節周囲炎」です
40代、50代になると増える体の痛みの症状として、「四十肩」「五十肩」があります。
四十肩、五十肩とは、そもそも、どういう状態を指すのでしょう?
今津嘉宏先生に伺いました。
「四十肩、五十肩は、病名としては肩関節周囲炎といい、肩が凍ったように固まるので“凍結肩”とも呼ばれます。
関節を構成する骨や軟骨、靱帯、腱などが老化して、肩関節の周囲の組織に炎症が起きることが主な原因と考えられています。
40代でなれば四十肩、50代でなれば五十肩で、どちらも同じ症状です」(今津先生)
「四十肩」「五十肩」の症状とは?
「主な症状は、肩や腕を動かすと激痛が走ったり、じっとしていても肩が痛んだり、夜寝ているときに強い痛みが起こって目覚めてしまうなどです。
腕を上げると痛みが走るので、洗濯物を干せなくなったり、背中に手を回せなくなるなど、動きが制限されるのでつらいものです。
自然に治ることもありますが、放置すると、肩関節の動きをよくする役割を担う袋状の組織
『肩峰下滑液包(けんぽうかかつえきほう)』や、関節を包んで保護する役割を担う袋状の組織『関節包(かんせつほう)』が癒着し、さらに動きが悪くなって動かなくなることもあります。
四十肩、五十肩は、症状の推移によって3つの時期に分かれます。
痛みが強く、じっとしていても痛むのが急性期(炎症期)。
その時期が過ぎると、強い痛みはやわらぐものの、肩を動かすと痛んで、動きが悪い状態の慢性期(拘縮期/こうしゅくき)になります。
その後、痛みが改善し、動きもよくなってくる寛解期(かんかいき)になります」
肩の痛みは、四十肩や五十肩以外の病気の可能性もあるので、まずは病院で受診を
では、一般的にはどのような治療をするのでしょうか?
「整形外科では、痛みが強い急性期には、三角巾やアームスリング(アームホルダー)などで肩や腕の安静を図ったり、消炎鎮痛剤の内服や、炎症を抑えるステロイド注射などで治療をします。
急性期を過ぎたら、温熱療法(ホットパック、入浴など)や運動療法(拘縮予防や筋肉の強化)などのリハビリを行います。
これらの方法で改善しない場合は、手術(関節鏡など)をすすめられることもあります」
別の病気が原因のこともあります
「肩関節に痛みが起きる場合、上腕二頭筋長頭腱炎(じょうわんにとうきんちょうとうけんえん/肩からひじにかけての筋肉である上腕二頭筋の長頭腱が炎症を起こす病気)や、石灰沈着性腱板炎(せっかいちんちゃくせいけんばんえん/肩の腱板に石灰〈カルシウムの結晶〉がたまって痛みや肩の機能障害を引き起こす疾患)、肩腱板断裂(かたけんばんだんれつ/肩関節にある4つの筋肉の腱が剥がれることで起こる病気)などの可能性もありますし、悪性疾患が原因の場合もあるので要注意です。
私のクリニックにも、左肩に痛みがあって腕が上がらなくなり、整形外科を受診したところ、処方してもらった鎮痛剤が効かず、漢方薬で治せないかと受診された患者さんがいました。
その方は、数年前に乳がんの手術を受けておられましたが、その後、整形外科の詳しい検査で、乳がんの骨転移が判明したことがあります。
このように、肩の痛みといっても原因はさまざまで、それによって治療法が異なるので、まずは病気を鑑別することが重要。漢方治療もそのうえで行いましょう」
四十肩、五十肩に用いる漢方薬は、急性期か慢性期かで異なります
四十肩、五十肩を漢方薬で治療する場合、どんなものが用いられるのでしょうか。
「四十肩、五十肩は、加齢に伴う肩関節周囲の組織疲労が原因です。
このような年齢に伴う変化を、昔は、五臓(この連載の第1回を参照)のうちの“腎”の変化とし、腎陽虚(じんようきょ)とか腎陰虚(じんいんきょ)などと表現しましたが、日本の漢方医学では、“気”の変化と考えます。
つまり、気=体が持っているエネルギーを調節することが漢方治療となります。
気虚、血虚、水の異常(気血水については、この連載の第1回を参照)などがあることが多いので、急性期には、葛根湯(かっこんとう)や、麻黄湯(まおうとう)、桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)、葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)などのような麻黄剤(麻黄を含む漢方薬)を使います。
また、慢性期に用いられる漢方薬として有名なのは、二朮湯(にじゅつとう)です。
二朮湯は、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、陳皮(ちんぴ)、半夏(はんげ)、蒼朮(そうじゅつ)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)など、13の生薬から成る漢方薬。
体を温めて水分代謝を向上させ、痛みを改善します。
水分や血液の巡りをよくすることで、四十肩や五十肩を改善しやすくしてくれます」
四十肩、五十肩に用いられる代表的な漢方薬とは?
<急性期>
●葛根湯
頭痛、眼痛、耳痛、歯痛、首痛、肩痛、肋間神経痛など、胸から上の痛みに有効。
●麻黄湯
悪寒、発熱、頭痛、腰痛、咳、関節痛、身体痛、咽頭痛、鼻閉(びへい/鼻づまり)、鼻水などの症状に効果的。
●桂枝加朮附湯
筋肉痛、関節痛、神経痛、筋肉の張りなどに用いられます。
●越婢加朮湯
関節炎、関節リウマチ、変形性膝関節症、痛風、腎炎、痙攣性気管支炎、気管支喘息、結膜炎、蕁麻疹(じんましん)などに用いられます。
●葛根加朮附湯
筋肉痛、関節痛、神経痛、胸や肩甲骨から上の筋肉の張りなどに用いられます。
<慢性期(拘縮期、寛解期)>
●二朮湯
五十肩、肩関節周囲炎、頸肩腕症候群(けいけんわんしょうこうぐん/首や肩、腕、手などに痛みやしびれなどの症状が現れる疾患)、変形性関節症、肩こり症、関節リウマチ、上腕神経痛などに有効。
「五十肩」が漢方薬で改善した例
実際に漢方薬を用いて五十肩が改善した例を、今津先生に教えていただきました。
「1カ月前から左肩が上がらなくなったと来院された50歳の女性がいました。
40歳頃にも同じような症状があり、整形外科へ通っていろいろ治療を受けたそうですが、結局、数カ月間、痛みで苦労されたそうです。
来院されたとき、『また、あんなふうに苦しむのはごめんです』と切実に訴えられていました。
そこで少陽病(急性の段階を過ぎた、亜急性〜慢性炎症の段階)にさしかかっていたので、二朮湯を処方しました。
すると4週間後、笑顔でお見えになりました。
最初の2週間で痛みが半減し、その後の2週間で痛みが消えたそうです。
『もっと早く来ればよかった』とおっしゃっていました」
このように、四十肩や五十肩が、漢方薬で改善するケースもあります。
つらい症状に悩まされている人は、選択肢のひとつとして考えてみましょう。
■編集部セレクト/
「四十肩」「五十肩」「肩こり」を改善したいと思ったとき、市販の漢方薬から選ぶこともできます
上で紹介したように、何が原因か、どんな状態かによって、さまざまな漢方薬の選択肢があるため、病院に行って医師に診断してもらうのが、まず第一に行いたいこと。
ただ、病院にはなかなか行けない、行く時間がない…といった場合の対策として、ドラッグストアなどで買える市販の漢方薬にはどんなものがあるか、チェックしておきましょう。
●葛根湯
ツムラ漢方葛根湯エキス顆粒A(かっこんとう)(第2類医薬品)20包(10日分) ¥2,640(メーカー希望小売価格)/ツムラ
葛根湯は、首・肩周辺のこわばりがあるときなどに用いられる漢方薬です。
葛根湯は、筋肉の緊張を緩める作用があり、首周辺のこわばりなどの症状をやわらげていきます。
風邪のひき始めで肩こりや頭痛がある場合にもおすすめ。
胃腸が弱い人は胃に障ることもあり、また服用することで目が冴える場合があるため、寝る前の服用を避けるなどの注意が必要です。
●桂枝茯苓丸
ツムラ漢方桂枝茯苓丸料エキス顆粒A(けいしぶくりょうがん)(第2類医薬品)20包(10日分) ¥2,640(メーカー希望小売価格)/ツムラ
血行不良による肩こりに使われる漢方薬です。
特に女性は、男性に比べて血行不良が起こりやすく、生理が近づくと肩がこる場合におすすめできます。
桂枝茯苓丸は、滞った「血(けつ)」を巡らせ、肩こりを改善する漢方薬です。
●独活葛根湯(どっかつかっこんとう)
独活葛根湯エキス錠クラシエ(第2類医薬品) 48錠(4日分) ¥1,026(メーカー希望小売価格)/クラシエ薬品
「独活葛根湯」は、中国の唐の時代に王燾(おうとう)が著わした医書『外台秘要(げだいひよう)』に収載されている薬方です。
肩こり、四十肩、五十肩、寝違えに効果があります。
【教えていただいた方】
「芝大門 いまづ クリニック」院長。藤田保健衛生大学医学部卒業後、慶應義塾大学医学部外科学教室に入局。国立霞ヶ浦病院外科、東京都済生会中央病院外科・副医長、慶應義塾大学医学部漢方医学センター助教、北里大学薬学部非常勤講師などを経て、2013年に「芝大門 いまづ クリニック」(東京都港区芝大門)を開業。日本外科学会認定医・専門医。日本消化器病学会専門医。日本東洋医学会専門医・指導医。西洋医学と東洋医学に精通し、科学的見地に立って漢方による治療を実践。おもな著書に『健康保険が使える漢方薬の事典』(つちや書店)、『まずはコレだけ! 漢方薬』(じほう)などがある。
写真/Shutterstock〈イメージカット〉 取材・文/和田美穂