計画を立てて行動することができなくなります
あんなに料理上手だったのに料理に時間がかかる、以前と味が変わった、メニューに合わせた買い物ができない、片づけができない、家電が使えない、衣服の着脱に時間がかかる…。そんな症状に気づいたらどうしますか?
「単にもの忘れというだけでなく、症状が進むと、行動するために必要な手順や段取りができなくなります。これを実行機能障害といいます。何をどう進めればいいのか混乱して、料理や片づけ、衣類を着たり脱いだりすることが困難になります。
これは脳の前頭前野が司る機能で、考える、記憶する、アイデアを出す、判断する、応用するといったことを担っていて、最も遅く成熟し、最も早く機能低下が起こるといわれています。
ここの機能が低下すると、問題を解決したり、計画を立てて行動をすることが難しくなります」(内門大丈先生)
こうなると料理中に鍋を火にかけたまま忘れて焦がしてしまうこともあり、危ないから、本人も大変だろうからと、料理を一切させないようにしがちです。
何もできないと決めつけて、まだできることまで取り上げたり、どうせ話をしても理解できないからと、本人に関係することも相談せずに決めてしまうこともあるかもしれません。
「できることが少なくなったとしても、今まで培ってきた人生がなくなるわけではなく、自尊心はあります。無視されたり、できることまで奪われると、生きる意欲までなくしてしまいます。
ただでさえ高齢になると社会とのつながりが薄くなり、配偶者や友人との死別など、生活環境のなかで喪失感を味わうことが増えてきます。孤立したり、生きがいをなくすことは、認知機能をさらに低下させることにつながります」
役割を担うこと、達成感を味わうことが生きがいに!
「とにかく“何もさせない”状態は避けるようにします。もしも手順がわからないようなら、わかるように書いてあげる。料理のときに、食材の切り方がわからなかったら一から教える。
家事を取り上げるのではなく、一緒に行うのが理想です。そうすれば会話も増えます」
【サポートポイント】
①今日のメニューを決める/何を作るか一緒に考えます。
②何を買うか決める/ 買い物リストを作ったり、できたら一緒に買い物に行き、食材を本人に選んでもらいます。
③食材を切る/どのように切るかわからないようなら、一緒に切って見本を見せます。
④調理をする/どのように作ればいいかわからないようなら、見本を見せます。混乱して焦っているようなら、ひと休みして、手順を整理しましょう。
「そして、できることがあったら、その役割を担ってもらいます。例えば、食事のときの配膳や食器洗いなど。簡単なことでいいのでやってもらいましょう。そのときには、『ありがとう』『助かるわ』といった感謝の言葉を忘れずに。
何かをやり遂げた、感謝される…こうした小さな達成感が脳にはとてもよいのです。難しい脳トレをするよりも、一緒に台所に立って料理をするほうがずっと楽しいし、脳が活性化すると思います」
理解ができるように生活に工夫を!
「家電の使い方がわからないようなら、その手順をわかりやすく書いて貼っておきます。
また、耳が遠く、話が聞き取りにくくなっている場合は、ゆっくりはっきりと、しかしきちんと大人の言葉遣いで話します。子ども扱いをしたり、のけ者にしないことです。
たとえ、話を100%理解できていなくても、きちんと話して、本人の発言の機会をつくることが重要です。
以前にこんな患者さんがいました。
その方は昔から古典文学が大好きで、『源氏物語の講座に行きたい』とせがまれたので、娘さんが連れて行ったそうです。どこまで理解できていたかわからないのですが、そのお母さんは大満足の笑顔だったそうです。本人が理解したか?ではなく、楽しいと思うことが大切です。
何もすることがなく、ただ家で座っているだけでは、筋力も落ちて足腰が弱くなってしまいます。すると身体機能が低下して、活動量が減り、食べる量も減るという悪循環に。
やがてフレイル(要介護状態の前段階)の状態になります。フレイルになると認知機能がさらに低下するので注意が必要です。
とはいえ、無理強いは禁物です。何かするように促すのはいいのですが、『お母さん、これ前に好きだったじゃない、またやってみたら?』とか、無理やり散歩に連れ出すなど、乗り気でないなら無理にさせないこと。表情をよく観察して、本人がどう思っているかを尊重してあげることが大切です」
【避けたいこと】
●できないことを叱る
●できることまで取り上げる
●一から十まで、なんでも代わりにしてあげる
●会話からのけ者にする
●早口で話す
●ダメな人扱いをする
●無理強いをする
【行いたいこと】
●できることは本人にしてもらう
●サポートはさりげなく
●役割を担ってもらう
●やってくれたことに感謝の言葉を言う
●家事などは一緒に行う
●興味のあることは積極的にしてもらう
●火事の心配がある場合は、IH調理器などの電気機器に変える
家族間では日々の出来事や体調、天気や季節の話など、何気ない会話の積み重ねで絆は深まります。認知機能が低下すると、こうした会話が難しくなってくるからこそ、積極的に話しかけて、愛情のあるかかわりを持つことがとても大切なのです。
【教えていただいた方】
(うちかど ひろたけ) 医療法人社団 彰耀会理事長。「メモリーケアクリニック湘南」院長。 横浜市立大学医学部を卒業後、同大大学院博士課程(精神医学専攻)を修了。横浜での病院勤務、「湘南いなほクリニック」院長を経て、2022年より現職。認知症の人の在宅医療を推進し、認知症に関する啓発活動や地域コミュニティの活性化に取り組む。『家族で「軽度の認知症」の進行を少しでも遅らせる本』(大和出版)など著書多数。
イラスト/東 千夏 取材・文/山村浩子