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「あなたのからだのことはあなたが決めていい」

佐々涼子

佐々涼子

1968年生まれ。日本語教師を経て、ノンフィクション作家に。2012年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(集英社)で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『駆け込み寺の男 ―玄秀盛―』(ハヤカワ文庫)、『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』(早川書房)など

PHOTO©Hayakawa Publishing Corporation

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さて、前回の記事で「子宮も取ってしまいましょう」という医師にまで行きついた。ここで改めて3人の医師の意見を並べてみよう。

 

 

1.卵巣も子宮も取らずに、悪いところだけ取りましょう
2.卵巣をふたつ取って子宮を残しましょう
3.卵巣ひとつと子宮を取りましょう

 

 

選択肢が多いのは、病院にすら通えない人々が世界にたくさんいることを考えれば、幸せなことなのはわかっている。でも、選ぶことができたって、順々に1から3まで臓器を出し入れして試してみるわけにもいかないので悩んでしまう。

 

 

いっそ、ひとつしか解決方法がない方がよかったのではと思ってしまう。もし、三択のうちひとつを選んで失敗したら、「あの時、1を選択しておけば」などと後悔せずにはいられない。

 

 

考えてみると悩みなんて、みんなこんな調子だ。独身か結婚か、子どもを持つか、持たないか。過ごしたことのない仮想現実なんて、いくら想像したところで幸せかどうかなんてわからない。それなのに、「あの日、結婚せずにキャリアを取っておけば今頃~」などと、妄想が膨らんでしまう。たぶんそうやって比べること自体が不幸の種なのだ。

 

佐々さん_photo

 

しかも、たちの悪いことに、日本社会というのは個人の選択を尊重できないところがある。臓器を取ったら、「それは自然の摂理に反する」とか、切らなかったら、「ちゃっちゃと切ってしまえばすっきりする」という親切な「他人」の声が気になってしかたがない。

 

 

学校へ行けば教師の言うことを聞くのが当たり前、AI導入だといえば、AIを黙って受け入れ、へんな法案が通ったってしかたないとため息をつき、満員電車に行儀よく乗り、医師に「臓器を取りましょう」といえば、「はいはい」と取る。いったい私は誰のために、誰の人生を歩いているのかわからなくなる。

 

 

 

私は、……どうしたい?

 

思い切って、ジェントルマン医師に聞いてみた。
「子宮、取らずに残しておいてもいいですか?」
そう聞くと、
「うん、いいよ」
と言われた。あまりにあっけなくOKが出たので、
「えっ、いいの?」 と再び聞いてしまった。

 

 

「そりゃ、あなたの身体ですから、あなたが選んでいいですよ。でもね、卵巣を取ったあと、不正出血が続くこともあるし、その後どうなるかは予測がつきません。確かにあと数年我慢すればいいかもしれませんが、もしかしたら、子宮を取ったほうが、生活の質は上がるかもしれません。取った方がいいんじゃないかなあ」

 

 

そう、彼は言ったあと、ロマンスグレーの頭でやや上を見ると、
「でも、あなたのからだのことはあなたが決めていい」
と、言った。

 

 

かつてポールマッカートニーは、聖母マリアがLet it beという智慧の言葉をささやいたと歌った。私は、総合病院の婦人科の診察室で、真珠のような言葉を授けられた。

 

佐々さん_photo

 

「わたしのからだのことはわたしが決めていい」。その選択の重みをずっしりと感じながら、同時に晴れ晴れとした自由を感じた。もし、私がネイティブアメリカンだったら、感謝の踊りを踊り出していたかもしれない。その踊りの意味はこうだ。「私のからだを私に返してくれてありがとう」

 

 

みな、旅の途中だ。こうやって迷いながら、それでも分かれ道で歩く方向を決めて歩いている。そして、その道程を振り返ってみて「これがわたしの人生だ」と思うのだ。

 

 

 

自分の選択を大事にすると、世の中の人々のそれぞれの人生が、ほんのりと光って見える。思いもよらない病気になって、望まない時間を、待合室で過ごしている。でも、その中で精いっぱい、右に行くか、左に行くか、選択しながら生きている。

 

 

 

わたしはわたしの選択を大事にするように、他人の選択を大切にしようと心の中で誓った。そして、心の中でつぶやいた。

 

 

「おかえりなさい、わたしのからだ。わたしのからだのことは、私が決める」

 

 

心が嘘をつかずにいると、ちゃんとからだと心はつながる。
今回切除が決まった右の卵巣は、「あなたの好きなようにすればいい」と、ささやいた。

 

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