ホットフラッシュなどの「身体的要因」がストレスになることも
女性ホルモンの分泌が減少する40代後半以降は、体が熱くなるホットフラッシュが起きるなど、不快な症状が多く出がちです。これは、脳内でホルモン分泌を司っている司令塔が、自律神経を司る司令塔と隣接しているため。エストロゲンが激減することによって、自律神経系の働きが乱れやすくなってしまうのです。
「心と体はつながっています。体の不快症状が続くことで疲労感や倦怠感を感じやすくなりますし、心が弱ってしまうんですよ。『婦人科でHRT(ホルモン補充療法)を受けてホットフラッシュが消失したら、気持ちが上向いてきた』という人もいるんですよ」(吉野一枝先生)
また、エストロゲンの減少は生殖機能、心血管系にも影響を及ぼすため、ドライシンドローム(肌、口、目、腟の乾燥)や動悸、頭痛、冷えなどの不快症状が起こりやすくなります。そうした体の不調がストレスとなって、メンタル不調を招くケースもあるのです。
考え方のクセやもともとの性格など、「心理的要因」が自分自身を追いつめてしまう
自分のことは意外と気づけないものですが、もともとの性格や考え方のクセも、自分のメンタルを疲れさせる原因となるのを知っていますか?
吉野先生によれば、「~すべき」という考え方に縛られている人ほど、心と体の不調が強く出てしまう傾向があるのだそう。
「日本人は『人からどう思われるか』と、周囲の目を気にする傾向があります。よい妻、よい母、よい娘、よい部下、よい上司であろうと、頑張りすぎている人たちが多いなあと感じます。でも、それでは自分を追いつめることになってしまう。実は、そうした考え方のクセには、その人の成育歴や、親からの刷り込みが影響しています。親のいうことを聞く『よい子』で育ってきた娘が、更年期世代になっても『よき人』であろうと頑張り続け、介護ストレスや家庭内のストレス、職場ストレスを抱えることにつながっていくのです。つまり、心理的要因は社会的要因とも絡み合っているということですね」
メンタル不調をこじらせてしまう人の背景には、「社会的要因」が潜んでいる!
日々、更年期の患者さんの訴えに耳を傾けている吉野先生は、メンタル不調の背景に対人ストレスなどの社会的要因が潜んでいるのを実感しています。なかでも、親の介護を頑張りすぎてすり切れてしまった人、職場のストレスで悩んでいる人、パートナーの言葉の暴力に傷ついている人、わが子の不登校をはじめ子育てに悩んでいる人など、抱えている悩みが根深い人ほど、不調が長引く傾向にあるといいます。
吉野先生の診療所では、コロナ禍の2021年後半から2022年にかけて、いったん治まっていた更年期の体の不調とともに、メンタル不調をぶり返した人たちが続出したのだそう。
「これは、不慣れなリモートワークや、先の見えないコロナ禍に対する不安感やストレスが原因だったのかなと思います。『夫のリモート会議中は息をひそめて音を出さないようにしていた』という人もいて、家庭内のストレスがいかにメンタルに影響を与えるかを実感しました」
介護ストレス、職場ストレスはメンタル不調をこじらせやすい
更年期世代は親の介護で忙しくなる年頃でもあります。介護が必要な母親からよく言われるのが、「私は他人に面倒を見てもらうのはイヤ。あなたにやってほしい」という言葉。
「『ヘルパーさんを頼んだり、デイサービスに通うのを検討してみたら?』とアドバイスしても、『いえ、母は私じゃないとダメなんです』と、自分が無理をしてでも、親の願いを聞いてあげる人たちが多いんですよ。でも、更年期のメンタル症状が悪化して体を壊すようなことがあっては元も子もありません。『あなたが頑張りすぎて倒れたら、あなた自身も困るし、お母さんだって困ることになる。親子共倒れにならないように、まずはあなたの健康を守らなくては』と伝えています」
また、仕事で小さなミスをして、上司から注意を受けたことを気に病み、通勤電車で心臓がバクバクする発作を起こし、「電車に乗るのが怖い」と思ってしまった人もいました。これはパニック障害と呼ばれるメンタルの病気。実は更年期は、パニック障害を発症しやすい年ごろでもあるのです。
「若い頃はもっと頑張ることができたのに、今は頑張りがきかなくなった」と、自分を責めてしまう人たちが多いのですが、女性ホルモンが減少して体の不調が同時多発的に起こるなか、「介護も仕事も家のことも」と頑張り続けていたら、心も体も疲れ果ててしまいます。更年期のメンタル不調はいわばダムが決壊するようなものなのです。
「このように、3つの要因の中でも最も問題となるのが社会的要因です。日本の社会はまだまだ男性が中心。家事や育児、介護、仕事にいたるまで、女性たちに大きな負担がのしかかり、共稼ぎ世帯であっても、女性の負担率のほうが男性に比べて圧倒的に高いのが現状です。『日本女性は世界一、睡眠時間が短い』という統計もあるんですよ。こうしたジェンダー・ギャップ(男女の性差によって生じる格差)は徐々に変わりつつありますが、まだ十分ではありません」
世界経済フォーラムが2023年度に公表したジェンダー・ギャップ指数ランキングを見ても、日本は146カ国中125位という結果で、世界の中でも男女格差が一目瞭然。
「『これが当たり前』と世間から刷り込まれ、自分でもいつの間にか『それが当然』と思ってしまう女性たちがなんと多いことか。常に自分のことを後回しにしているうちに、体やメンタルの不調を招いてしまうのです。これはもはや社会の問題だと思います」と吉野先生。
【教えていただいたのは】
よしの女性診療所院長。 一般企業での勤務経験を経て、帝京大学医学部を卒業。更年期世代の心の悩みに寄り添う親身な診察に定評がある。女性の健康啓発に力を入れているほか、LGBTQ当事者に性知識を伝える講演活動も行う。『40歳からの女性のからだと気持ちの不安をなくす本』(永岡書店)など、著書多数。
イラスト/内藤しなこ 取材・文/大石久恵