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横森理香 連載「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン1 終わらない春 第3回 お別れ

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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突然、脳梗塞で倒れた従妹の亜希。こんなことになる前に、なんとかしてあげられていたら・・・と悔やむ主人公・佐知。・・・・・・一見、幸せそうに見える大人女子も、実はセツナイ内情があるもの。横森先生がお届けする、乾いた心を癒すマインドスチーム~mist~をどうぞ。

横森理香 小説 mist

 

第3話 お別れ

なすすべもなく、一カ月が過ぎた。亜希は目覚めることもなく、この世を去った。冬の到来とともにコロナ第三波が来ていたから、葬儀も親族だけで行なった。久しぶりに会った親戚は全員マスクで年も取っているから、口を利くまで誰だか分からなかった。

 

点滴に繋がれて一カ月。結局、もう戻らないと医師が判断した時点で、生命維持装置を外したのだ。仕方のないことだったにしても、やりきれない思いでいっぱいだった。しかしその決断を迫られた家族の気持ちを考えると、誰にも、何も言えない佐知だった。

 

一カ月、奇跡を信じて色んな神社を参拝していた叔母と佐知の母。仲の良い姉妹で、叔母は連れ合いを亡くしてから佐知の実家近くのマンションに住んでいた。佐知の父も数年前に他界している。

願いかなわず無念だろうが、一カ月という時間があったから、叔母も冷静に亜希の死を受け入れられたようだった。

棺の中には、きれいに死に化粧された亜希が、まるで眠っているかのように横たわっていた。

 

「亜希ちゃん、きれい・・・」

亜希は太ってから初めて、痩せていた。点滴で水分と栄養は与えられていたからか、乾いた感じもなかった。佐知は思った。この状態で、もう一度お洒落をさせて、どこか素敵なところに連れて行きたかったなぁと。

 

 

最後に食事をした元町のバーガーショップでも、亜希はストレッチパンツにゆったりしたブラウスで体系隠しをしていた。靴はウォーキングシューズで、斜め掛けバッグに帽子という、典型的なオバサンスタイルだった。

白髪も、いつしかちゃんと染めなくなっていた。

 

「もー、めんどくさいからさ、家で適当に染めてんの」と言っていたが、

白髪交じりの栗色が色褪せて、ぱさぁ~っとしていた。メイクもろくにしなくなっていた。カーデニングでシミも増え、浮腫みもあってか、全体的にたるんでいた。

 

管理が良ければ、亜希は元々スタイルも良く、国民的美魔女コンテストに出られたかもしれない女だった。しかし、そのことを暗に佐知が触れると、

「世の中、美魔女とかなんとか頑張ってる大人女子が多いけどさ、所詮オバサンでしょ? はっはっはっ」

と一笑にふされた。かつては、お洒落してハイヒールで街を闊歩していた自慢の従姉。歳月は人をこんなにも変えてしまうのか・・・。

 

 

遺影も、何年も前のスナップ写真を引き伸ばしたものだった。突然死ぬ可能性がある年なんだ、という自覚があれば、ダイエットしてきれいにヘアメイクして、写真館で遺影も撮っておいただろうに。

五十代はまだ、自分が初老である自覚がないのだ。老けて来たのは知っているけど、まだまだこれから、という気分がどこかにある。遺影なんかとんでもない、縁起でもないと、撮る気にもならない。

 

しかし、ロンドン橋のたもとで風に吹かれて微笑んでいる亜希の写真は、いくらなんでもこれはないだろう、というものだった。二重顎どころか三重顎、いや四重顎だ。

もうちょっとマシなのなかったのかなと、佐知は亜希の夫、靖をチラ見した。もともと無表情だから、いつも通りの沈痛な面持ちだ。

 

仕事人間で取っつきづらい靖を、佐知はあまり好きではなかった。もっと付き合いやすい性格だったら、葬儀の準備を手伝ったり、遺品の整理もしてあげたかったのだが。

 

「康ちゃん、写真、もちょっといいの、なかったの?」

佐知は亜希の息子康介に、こそっと聞いた。

「いや、それが、お母さんの写真、あんまなくて・・・」

康介は気弱に返事した。亜希に似てルックスは良いが、エリート商社マンには見えない地味キャラだ。小さい頃から泣き虫で、甘えん坊だった。

 

ったく、お前らが腹減った腹減ったって、飯ばっかり作らせてるから、こんなことになっちゃったんじゃないの!!

佐知は言いたがったが、残された家族に、そんなことは言えない。そもそもこの二人、そして犬は、亜希亡きあと生きて行けるのだろうか。メタボ犬は痩せ細り、亜希を求めて遠吠えを上げているに違いない。部屋はぐちゃぐちゃで洗濯物はたまり、コンビニ弁当のカラに埋もれて生活する二人の姿が、容易に想像できた。

 

 

葬儀が終わり、焼き場に向かった。焼き場も感染対策を取っているのか、貸し切りだった。叔母の弘江は、亜希にまだ仕付け糸のついている留袖をかけていた。

 

「焼いちゃうの? もったいなくない?」

佐知は聞いたが、弘江は、

「うん、でも、さっちゃんは家紋が違うし、誰も着る人いないじゃない?」

と言う。それは息子の結婚式用に作った着物だった。

「だいたい太ってから作った着物だから、だいぶ大きいしね」

「だよね・・・」

「康介の結婚式ったって、まだ相手があるわけでもないし。早く孫の顏が見たい、なんて言ってたけどね」

佐知の息子も相手がいるのかいないのか、都心のマンションで独身貴族をエンジョイしていて、仕事を理由に亜希の葬儀にも来ていなかった。

 

「お別れです」

火葬場の係りが言った。皆が一人一人、亜希に花を手向け、お別れをした。喪主である靖が最後に花を手向けると、棺桶は閉められ、ガラガラガラと、大きなオーブンの中に入って行った。

「亜希ぃ、ああ~」

叔母は泣き崩れた。

 

 

その晩、夢を見た。痩せて綺麗になった亜希が、留袖を着て、

「今日、康介の結婚式なのよ。できちゃった婚だから私もすぐおばあちゃんよ」

とはしゃいでいた。

「お祝いにさ、おーっきいウィークエンド、焼いたのよ!!」

と、焼き場から巨大なスポンジケーキを出したのだった。その上にはアイシングで、HAPPY WEDDING 康ちゃん♡ と書いてあった。

 

※ウィークエンド/週末に親しい人たちで食べるという意味の焼き菓子

横森理香 小説

イラスト/原知恵子

第2話は、こちらからどうぞ。

次回は、3月25日公開予定です。お楽しみに。

 

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