第2話 愛されない女
夫はそもそも仲の良い同僚だった。三十五歳までに結婚したいという美穂の一存で結婚したような気もする。理系男子にありがちな、ひたすら仕事に打ち込んで、趣味も一人遊び。食事は三食コンビニ弁当かファストフードでいいような男だったから、女性と付き合ったこともほぼ皆無だったようだ。
みんなで一緒に飲みに行っても、あまり食べずに塩辛いつまみで酒ばかり飲むタイプだった。
「若い頃はそれでいいけどさ、年取ったら、そんな食生活じゃ体壊しちゃうよ」
というのが、飲み友達だった夫への、美穂の最初のアプローチだった。
美穂同様、一日中パソコンに向かっている夫は、痩せていて青白い顏をしていた。自分が結婚して幸せになりたいという気持ちと、この人をほっておけないという気持ちが合わさって、美穂の方からプロポーズしたのだ。
結婚式にも夫は興味がなかったから、両家だけの人前式でサクッと済ませた。結婚式場の下見や予約、家族への連絡やらなにやら、美穂が全部一人でしたのだ。いぶかしがる結婚式場の人には、
「夫は仕事が忙しく、一任されているんです」
と嘘をついた。
この結婚は、最初から私の一人芝居だったのか・・・。
そう思うと、背筋の寒くなる美穂だった。
結婚した翌年、美穂は白金に手頃な中古マンションを見つけた。そこなら職場まで自転車で通えたし、それまで美穂の借りていた三軒茶屋のワンルームマンションに夫が転がり込んできただけの結婚生活だったから、この辺で男としての責任を取って欲しかったのだ。
「ここも手狭になったし、家賃払い続けるのもバカバカしいしね」
とマンション購入を促した。
「ローンの支払いは、同じ広さと立地で考えたら借りるよりぜんぜん安いし、払い終われば自分のものになるから」
しかし、下見を何度もし、他の物件もいくつも見て、ローン申請を提出した後でも、夫は最後までゴネた。退職まで住宅ローンを支払うのが嫌だったのだ。夫の年収は、その頃はゆうに審査を通過するだけのものがあった。なのに、
「そのために働き続けるのは嫌だし、買うより借りた方が一生を考えても安い」
と言い張った。
「いくつも物件を見てあなたも分かったと思うけど、これは出物だよ。この値段でこんなに立地が良くて、管理のいい中古マンションは他にない」
と美穂も譲らず、
「賃貸は年取ると、貸してくれなくなるっていうしね」
と退職後の不安を煽る脅しもかけて、夫に住宅ローンの判を押させたのだ。
しかし、こんなことになるのなら、無理して買わせなければよかったと、今更だが美穂は思った。
夫は一家の主になった途端、性格が変わったように威張り始めた。家事もいっさいやらなくなり、夫婦喧嘩が絶えなくなった。喧嘩するほど仲が良い、とよく言うが、もともと他人同士だ。詰り合うほどお互いが嫌いになるだけだった。
その頃からセックスレスになり、寝室も別になった。それでもたまに、美穂の方から夫の寝室に夜這いに行くこともあったが、決定的にレスとなったのは、ある時、迫る美穂を夫が突き飛ばしたからであった。
いつものように、二人でワインを飲んでいるときだった。美穂は夫の機嫌が少しでも良くなるよう、いつも美味しいつまみと酒を用意した。
「美味しいね」
「うん」
二人ともほろ酔い気分になると、夫婦関係の問題は忘れて、いっとき幸せになれた。すると、美穂の方はやはり抱き合いたくなる。
夫が立ち上がったので、美穂はその胸に抱きついて、キスをせがんだ。その時、
「やめてくれよ!」
と言って、夫は美穂を突き飛ばしたのだ。
どーんと、美穂は後ろに倒れ、観葉植物に倒れ込んだ。夫は美穂の体を心配することもなく、観葉植物だけ立て直して、自室に籠った。それからは、美穂に指一本、触れていない。
◆次回は、7月13日(火)公開予定です。お楽しみに。