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横森理香 連載小説「大人のリアリティ小説~mist~」シーズン3 自由という名の孤独 第2話 独りぼっちの食卓

横森理香

横森理香

作家・エッセイスト。1963年生まれ。多摩美術大学卒。 現代女性をリアルに描いた小説と、女性を応援するエッセイに定評があり、『40代 大人女子のためのお年頃読本』がベストセラーとなる。代表作『ぼぎちんバブル純愛物語』は文化庁の主宰する日本文学輸出プロジェクトに選出され、アメリカ、イギリス、ドイツ、アラブ諸国で翻訳出版されている。 著書に『コーネンキなんてこわくない』など多数。 また、「ベリーダンス健康法」の講師としても活躍。 主催するコミュニティサロン「シークレットロータス」でレッスンを行っている。 日本大人女子協会代表

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東京タワーの見える2LDKのマンションに住む瞳。大好きな韓流ドラマを見て、飼っている保護猫たちと親友の笑顔に癒され、夜はリビングに設えたバーカウンターで一人飲む。そんな毎日を過ごしていた・・・・・・作家・横森理香がお届けする、乾いた心を癒す、フェイシャルスチームならぬマインドスチーム~mist~をどうぞ。

第2話 独りぼっちの食卓

 

独り者の瞳は、コロナ以前は同じく独身の友人たちを招待して、手料理を振る舞っていた。

が、コロナ禍でもう一年以上、独りぼっちの食卓だ。

四回目の緊急事態宣言が出ても、もう何も感じなかった。

 

人はなんにでも慣れるものだ。政府の掲げる「新しい日常」は、禁酒法時代か戦時中みたいだったが、それでも不自由を感じなくなってしまった。

 

「この年になると、コロナでもコロナじゃなくても、生活あんまかわんないからな・・・」

茄子の揚げびたしと蒲鉾で素麺を食べながら、瞳は独り言ちた。

そもそもあまり出かけなくなっていたので、外出自粛も時短営業も関係ないのだった。

 

瞳は料理が得意だから、自炊は苦ではなかった。寿司屋も滅多に行かなくなっていたので、自分が寿司教室に通い、握れるようになってしまった。光物はさばくとボロボロになってしまうが、マグロや白身、イカなら綺麗にできた。

それを休みとなるとみなに振る舞っていたが、コロナ禍になってからは誰も来ない。

同じマンションの住人、美穂がたまに来ていたが、最近は彼氏ができたみたいでとんと御無沙汰だ。

 

 

「寂しいもんだよ、ねーミーたん」

保護猫の一匹、ミントが蒲鉾を一切れくれと近寄って来た。

保護猫なのに、何かの長毛種が混ざっているのか、毛足の長い猫だった。ベランダのミントが好きで、よくシャクシャクやっているのでミントと名付けた。

 

 

「ダメダメ、猫にはしょっぱすぎるよ」

揚げびたしも一人分作るというのも難しいから、あと二、三人前はある。

「誰か来ないかなぁ・・・」

瞳はスマホをじっと見つめた。美味しいものを作って誰かに食べさせるのも好きだから、人生はうまく行かないものだと思う。

 

なぜ、家事が得意じゃない女が結婚してて、私のように家庭的な女に縁がないのか・・・。

かつて、よく色んな飲み会に参加していた頃、すんごい不細工で気の利かない女が、なんとバツ二で三回結婚していると聞いて、無性に腹が立った。

 

 

瞳は、今でこそ猫たちと一緒に太っているが、若い頃はナイスボディに自信があったのだ。ベビーフェイスに巨乳という組み合わせが、そしてそれを最大限に生かす派手なお洒落が、かつてバイトしていた東銀座のバーでも人気だった。

客である遊び人のオジサンたちは、イケてる若い子を連れて歩くのが大好きだったから、瞳は東京中のホテルやバー、レストランと料理屋には行き尽くしていた。

あの頃はまだ実家にいたが、帰らないときは赤プリかニューオータニ、ホテル西洋かオークラに泊まっていた。

 

「まー、あんな生活してたら、縁遠くなるわな」

思い出しつつ、瞳は、ぷっと笑った。

「私は贅沢を知り尽くした女、なんちて・・・」

 

 

「さ、走りに行って来るか」

日曜のブランチを済ませて、瞳は日課のランに出かけた。

四十代で子宮筋腫が大きくなり全摘手術をしてから、走り始めたのだ。

コレステロール値が一気に上がり、医者からは食生活の改善と運動を勧められた。

 

しばらく玄米菜食をしていたが、コロナ禍になってからは、淋しさを癒すために甘いものと酒の量が増えた。このままだと数値がヤバイと思いつつ、気分が落ちて免疫力が下がることを考えると、少しぐらい太ってもいいかと自分を許した。

最寄りの駅から職場までは地下鉄を利用するが、乗る時は万全の注意を払った。

不織布のマスクの上にお洒落な布マスクを二重にして、できるだけ手すりには触れないようにしている。降りたらアルコール消毒シートで手もPASMOもスマホも拭いていた。

 

 

感染予防対策をしつつ、どこかで、無症状コロナに自分はすでにかかっていて、ある日突然、部屋でコロッと死ねたらいいなと思っていた。大好きなものたちと、猫に囲まれて・・・。

瞳はインテリアが好きで、部屋中を素敵に飾り付けていた。

 

区からワクチン接種券は届いていたが、副反応が怖くてまだ予約していなかった。自分は最後でいい。しなければいけない人がすればいい。わざわざワクチン打ってまで、長生きしなくたっていい・・そう自分に言い聞かせた。

 

しかし瞳は、大嫌いな父親似で、大柄で丈夫だった。

母親は小柄で痩せ型だったから、六十歳という若さできっと死ねたのだ。

父方の祖母は103歳まで生きた。老人ホームで二十歳ぐらい年下の仲間に囲まれ、ピンピンコロリだったという。

 

自分には家族もいないし、別にいつ死んでもいいような気がするが、こんなにも健康で元気だ。今年八十三になる父も、何の連絡もないところを見ると、まだ元気なのだろう。長生きの血筋なのだ。それが、口惜しかった。

 

誰かのために生きる。その気力を増すために、人は家族を作るのかもしれないと、瞳は思う。が、縁のないことには始まらない。

子宮全摘手術をきっかけに、不倫関係だった最後の男と別れてから、新しい男が出来る可能性もないし、その気もなくなった。

それと同時に、保護猫がどんどん増えて行ったのだった。

 

 

「じゃお留守番お願いね、ブンちゃん」

菅原文太に似ている強面の猫に声をかける。これもメスだ。

「いい子にしてるんだよ、ミーちゃん」

ミントがハーブを食べないようベランダのドアを閉める。

「すぐ帰ってくるからね、小梅」

丸くて小さい猫の頭を撫でる。別室に行き、

「リジョンヒョク氏、行って来まーす」

 

ひんやりマットの上で伸びている猫にウィンクして、瞳は炎天下、万全のUV対策でランに出かけた。

横森理香小説

©︎AMU(フォトグラファーユニット.KNIT)

 

◆第1話はこちらからどうぞ。

◆小説「mist」シーズン1・シーズン2は、こちらから読めます。

◆次回は、8月31日(火)公開予定です。お楽しみに。

 

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