第6話 揺れる女心
「いきなり子だくさんだな・・・」
クリスマスの朝、窓辺の猫たちを眺めながら、ケンちゃんは言った。
二人でクリスマスティを飲みながら、シュトーレンを食べているときだ。
「だ~から、まだ結婚するとは言ってないじゃん」
「いいからいいから」
「ったく・・・」
と言いながら瞳はケンちゃんのカップに紅茶を注ぐ。
「フレーバーティもいいよな、たまには」
「そうだよ、ケンちゃんもこういうの作ってさ、ネットで売れば? いまどきデカフェの紅茶とか、ほうじ茶のフレーバーティとか流行ってるよ」
「そういうの瞳が考えて、やってくれよ。つか一緒にやろうよ。そんな派遣で働くのも年齢的にきついだろーし」
「・・・・」
ケンちゃんのことは好きだけど、結婚となると自由 がなくなる感じがして、瞳は及び腰になった。
「よしよし、お父ちゃんでしゅよ~」
と言いながら、ケンちゃんは小梅を抱いている。
「この猫、人懐っこいなぁ」
小梅はなんと、ゴロゴロ喉を鳴らしているではないか。
うーん、痛しかゆし・・・瞳の心は揺れた。
結局ケンちゃんは、クリスマスイヴの夜、酔っぱらって泊っていったのだ。
瞳の部屋にソファはないから、ベッドに泊めるしかなかった。以前は窓辺にソファがあったのだが、自粛生活中にカウンターバーを設えて、撤去してしまった。
幸いベッドはセミダブルだったが、シャンパンとクロバジェでぐでんぐでんのケンちゃんを、椅子からベッドに移動させるのが大変だった。
「ほらー、もう、ジャケットと靴下だけでも脱いでよー」
と瞳が促すと、
「脱がせてどーしようってんだ?」
とたわけたことを言う。
「そりゃこっちの台詞だろうがっ」
「わーったわーった」
と言いながら、ケンちゃんは寝室に千鳥足で進み、ベッドにデーンと倒れこんだ。
「もー、やだぁ。ちゃんと布団かけなよ。風邪ひくよ」
「あいあい」
瞳が布団をかけてあげると、子供みたいに幸せそうな顔で、ケンちゃんは眠った。
「ったく困ったもんだよ・・・」
ぶつくさ言いながら瞳は後片付けをして、風呂に入った。
酔っ払いの幼馴染といっても、男と寝るのなど、何年ぶりのことだろうか。ケンちゃんはもう使い物にならなくなってると言っていたが、その可能性が完全にないとは限らない。
「おぜうさま、いかがいたしましょう?」
瞳は股間を洗いながら、そうつぶやいた。
ふだんなら、着古した肌着に木綿のデカパン、腹巻に綿のパジャマで寝る瞳だが、さすがにそれを見られるのは嫌だった。なので、旅行用のお洒落な下着とパジャマを引き出しから取り出した。旅行にも行けないので、何年も前のものだ。
「ま、ケンちゃんで暖を取れば寝冷えもしないか・・・」
香りのいいボディローションを全身に塗り、お洒落な下着や、つるつるとしたシルクのパジャマを着るのも久しぶりのことだった。
起こさないようにそうっとベッドに入った。ケンちゃんは「う~ん」と言いながら寝返りをうち、瞳を背後から抱いた。それはまるで、長年連れ添った夫婦のように、なぜだかしっくりときた。瞳は安心して、すうっと眠りに入った。
翌朝、気が付くと三匹の猫たちが、ベッドに山盛りになっていた。
暖房を消して寝るから、夜中には猫たちが暖を取りに瞳のベッドに来る。
隔離のリジョンヨク氏にはホットカーペットをつけてあげていた。
「うわ、ごめん、俺寝ちゃったんだ・・・」
ケンちゃんが目覚めてすまなそうにつぶやいた。
「ったく、大変だったよ。ジャケットと靴下脱がすのさ」
「悪かった悪かった」
「つか、シャワー浴びて歯ぁ磨いて来なよ。お客さん用の出してあるからさ」
「うん」
ケンちゃんはよろよろと、バスルームに向かった。
暑かったのだろうか、なんだか知らないうちにズボンが脱げ、パンいちシャツ肌着のなさけない姿だ。
あーあ、こんなことになるなら、着替えとか買っといてあげれば良かったなと、瞳は思った。
布団の中からズボンを探し出し、ハンガーに吊るす。
「ったく世話の焼ける・・・」
とぼやきながら、瞳はほほ笑んでいた。
セックスに至らなかったのが良かった、と安堵した。
そんなことの出来不出来、相性云々で、せっかくできた男友達との関係が悪くなるのもいやだった。
猫たちがにゃごにゃご言いながら、朝ごはんをせがむ。
「はいはい、今お出ししますよ~」
瞳は幸せだった。
朝までしっかりと背中を抱かれて寝た温かさは、
神様からのクリスマスプレゼントだったのだ。
◆「mist」のこれまでのお話は、こちらでお読みいただけます。
◆次回は、4月5日(火)公開予定です。お楽しみに。