第5話 両家顔合わせ
そこは都心にありながら、歴史ある、日本庭園のきれいな式場だった。最近チャペルもリニューアルし、神前挙式も挙げられる。結婚式場以外に料亭とレストラン、庭に面したカフェもあった。
十月のあたたかい週末、カフェで佳恵の母親と待ち合わせをした。
庭にカフェテーブルが出ていたので、
「オープンエアの方がいいから、ここにしない?」
と佐知はみなを促した。
感染者数が激減しているとはいえ、新しい変異株が出てきたので、まだ油断はできなかった。
「いらっしゃいませ。お飲み物は?」
勤続ウン十年であろう初老のウェイターが聞く。
「生ビールください」
夫が嬉しそうに注文した。
「私ハーブティ。レモンバームとカモミールので」
と花梨。
「私はカフェラテでお願いします」
「かしこまりました」
佐知は目前の美しい芝生を眺めていたら、気分が高揚し、自分がもう一度結婚式をあげたいぐらいだった。
「はぁ~、素敵ねぇ。夢のようだわねぇ・・・」
緊急事態宣言が明けたら、どこか素敵なところでお茶をしたいというのが、佐知のコロナ禍における夢だった。
「夕方も雰囲気があって、素敵でしょうねぇ・・・赤口なら夕方からでも運気がいいし」
佐知は暦を見て、もうだいたいの日取りを決めていた。
「十一月の平日で赤口は、後半なら19日か25日なんだよね」
佐知がスマホで暦を出し、みなに見せる。
「25日は木曜で翌日みなさん仕事があるでしょうから、19日の金曜日がいいんじゃない? わー、びっくりした」
知らぬうちに、背後に久志が立っていた。
その後ろに佳恵と、母親らしいおばさんがいる。娘に違わず、地味な佇まいである。
「初めまして、佳恵の母です」
にこやかに挨拶するが、やはり娘と同じ、芯の強さを感じる人だった。近郊の市立病院で婦長さんをやっているという。
あいさつ代わりに、コロナ禍の医療従事者に対するねぎらいで盛り上がり、早々と本題に入った。
「本人たちの意向と、まだコロナも予断を許さぬ感じなので、このトワイライトミニマムプラン、というので行こうと思うんですが・・・」
夫が議長を務め、アシスタントの花梨がサクサクとiPadで必要な画面を見せる。
「両家だけの最少人数での挙式、写真撮影、会食と。いかがですか?」
「ええ、じゅうぶんだと思います。高齢者はお呼びしないほうがいいでしょうし、佳恵の体にも負担がないですから」
なんだかつまらないな、と、佐知は思った。
高齢といってもまだ元気な母親や、叔母も呼んであげたかったのに・・・。
「佳恵さんは、ウェディングドレスと和装、どっちがいい?」
佐知が佳恵に聞くと、花梨がアイパッドで貸衣装のページを出す。
「ウェディングドレスはウェストマークが無理でしょうから、和装がいいと思います」
にこりともせず佳恵が言う。
「そ、そうよね」
佐知は佳恵のお腹を見た。
だぼっとした洋服を着ているから分からないが、もう少し、膨らんできているのだろう。
「え、でも、帯が苦しくないかな?」
久志が心配そうに言う。
花梨がスマホでサクサク調べて、
「式場はプロの着付け師さんがいるから、妊娠中であることを告げれば、負担がないように着せてくれるって」
「そうだよな。昔はみんな着物着てたわけだし・・・」
夫が訳も分からず口出しをする。
「そうよね。じゃ、写真撮影までは着て、お食事の時は楽な恰好に着替えるのはどう?」
佐知が提案した。
「助かります」
佳恵は真顔でそう言った。
なんか、盛り上がんないわー、この子。嬉しくないのかな?
地味な子だから、ほんとは結婚式なんか挙げたくないんだろうな・・・。
入籍だけして、二人だけの生活をしたいに違いない。
「孫が生まれるのに、そうはさせないわよ」
佐知はほほ笑みながら、心の中で断言した。
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◆次回は、8月30日(火)公開予定です。お楽しみに。